それでも、やはり血を分けた兄妹だ。兄の服役後、一度は面会に訪れてくれたのである。しかし、そこまでだった。精神疾患の症状が、さらに悪化している兄の姿を見て、いよいよ自分の手には負えない、と感じたのだそうだ。
私が、彼の社会復帰調整を手伝うようになったのは、2カ月ほど前からだった。以後、何人もの福祉関係者に当たり、引き受けを依頼した。だが予想通り、なかなか引き受け先は見つからない。自分が関係する更生保護法人やNPO法人もあるが、川端さんが生まれ育った地域から遠く離れた場所にあり、彼の希望には沿えなかった。
支援も治療も受けられるという「朗報」だが…
朗報がもたらされたのは、4日前のこと。駄目で元々という気持ちで声をかけた人物から返事があった。その人は、生活困窮者を支援する会の代表を務めていた。その会は、法人格もなく、ボランティアグループに近い、私的な団体だった。
彼は、本人が望むなら引き受けてもいい、と言う。彼の団体は、設立当初から精神科クリニックと連携しており、そこで、投薬治療も受けられるようだ。そのありがたい話を受け、早速、この日の面談がセットされたのである。
心のうちでは、川端さんも喜んでくれるだろう、と考えていた。けれども、実際はそうではなかった。
「なあ川端さん、あんたも難儀な人やな。もう頼むわ、正気に戻ってくれへんやろか」
刑務官は、懇願するような口調になっている。
「この通り、お願いやから、福祉の支援、受けてくれんか」
最後は深々と頭を下げた。
「バイデン大統領が助げでけるがら、大丈夫」
川端さんは真顔でそう答え、それっきり黙り込んでしまった。
出所の5人に1人以上が受ける「26条通報」
社会復帰調整というのは、本人の同意がないまま、話を進めることはできない。
本人が承諾しないのであれば、あとはもう、やるべきことはひとつ。精神保健福祉法にもとづく26条通報だ。そこに、一縷(いちる)の望みを託すしかなかった。