凄まじい体験だが、それをどう切り抜けたのかは聞けなかった。「ヤクザはカネと暴力だけやからな。なんとか収めたわ」とだけ彼は語った。
その後、彼は高利貸しを生業とする。闇の世界で、カネに必死にしがみつくのだ。まさに貧の意地だ。
容赦ないサラ金業者の取り立て
日本が高度成長期に入ると、人々の生活は豊かになったが、皮肉なことに消費者金融（いわゆるサラ金）もその市場規模を拡大した。一定の条件を満たせば簡単にカネを借りることができるサラ金は、サラリーマンが財布の紐を緩める手助けとなった。利子が少々高くても返せば良い。世の中は消費に沸いていた。クレジットカードも普及していった。
その陰で多重債務によって首が回らなくなる人々が増えるのは当然の結果だった。そして、返済が滞ると地獄を見ることになる。サラ金業者の取り立ては容赦がなかった。家庭は崩壊し、勤務先は解雇され、夜逃げか自殺かと精神的に追い込まれるのだ。
このサラ金の取り立てが大きな社会問題となったのは、1980年代ごろからだが、それと同時にサラ金よりも恐い闇金業者の暗躍も進んでいく。多重債務で、にっちもさっちもいかなくなったあげくに飛び込むのが、闇金だ。前述したように、法外な利息が絡む借金だが、取り立てもさらに厳しく、恐ろしい。
貸したカネ返せ！
杉山治夫という闇金のカリスマに、米誌『TIME』からの依頼で取材を申し込んだのは、1992年のことだった。バブル経済の余韻が残る東京には、まだカネの匂いが漂っていた。取材拒否を念頭に杉山氏に連絡を取ると、「あーいいよ」と意外にも上機嫌で取材に応じた。札束に埋もれる男というイメージが浮かんだので、その旨を伝えると、「よっしゃ、2億円ほど用意したらええんやな。わかった、待ってるわ」と返事も軽い。
彼の事務所は東京・新宿三丁目の7階建てのビルにあった。狭くて薄暗い事務所の奥に机があり、壁にファイルが並んでいた。このファイルにどれだけの人間のドラマが詰まっているのか……。
私は、「よー、きっちり2億円を銀行員に届けさせたぜ」とにやりと笑った杉山氏をまじまじと見つめた。
瘦せ型で、エラの張った顔にブチギレそうな血管が浮き出ている。目は虚空を舞い落ち着かない。腕にはロレックスの最高級の金時計、金眼鏡のフレームには大きなルビーがはめ込まれていた。彼は「身につけた物だけでも1000万は下るまい」と豪語した。
カネに魂を売り渡した男の匂いがした。それから私たちは100万円の札束の帯をちぎり、2億円を部屋中にまき散らした。
もはや、札束はただの数字の書かれた紙にしか見えなかった。たかがカネ、されどカネか。彼が鷲づかみにして放り投げた札が空中をひらひらと舞う。さらに彼は札の中に埋もれてみせた。彼の目はいたずら小僧のように光り、満足げな笑みをたたえていた。
『TIME』に掲載される予定稿のタイトルは、「借金が返せなかったら腎臓を売らんかい！！」だったが、その話は本当だった。
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