台湾・TSMCの工場が熊本にやってきたことは、“100年に1度の大チャンス”だと語る熊本大学学長の小川久雄氏。小川学長は、日本の技術再興のために、根本にある学術レベルを一刻も早く回復することが必要であると力説します。
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求められる人材像と教育対策
残念ながら、わが国の学術レベルは急激に低下しているというのが偽らざる現状です。例えば、自然科学の分野で質が高い論文の指標とされる「トップ10%論文」の本数がそれを物語っています。これは国の学術レベルを示す指標のひとつで、医学や工学などの分野ごとに、他の研究者からの引用回数を順位付けし、その上位10%以内に入る論文の本数を比較したものです。
日本は2000年代には世界4位でしたが、昨年発表されたランキングでは過去最低だった前回と同じく13位という結果になりました。一方、中国は10年ほど前から一気に本数を急増させ、いまや世界一をキープしています。「指標のひとつに過ぎない」と見ることもできますが、私はこの結果から日本人は目を逸らすべきではないと考えています。
この国家的なレベルダウンを打ち破るための有効な手立ては、やはり「教育」しかない。なかでも最優先で取り組むべきは、日本経済回復の鍵となる半導体産業を支える人材の育成だと思うのです。
ある試算によれば、九州全体の半導体産業で今後10年間にわたって、年間1000人程度の半導体人材が不足すると見込まれています。これまでも熊本大から毎年約50人の卒業生が半導体産業に就職してきましたが、2027年度に100人まで増やすことを目標にしています。そのために立ち止まっている暇はありません。
では具体的にどのような人材が求められているかというと、半導体の研究開発を担う人材はもちろんですが、同時に、テクノロジーを社会に実装するユーザー産業の分野で活躍できる人材の育成が重要です。
まずは、熊本大の取り組みからお話しさせていただきましょう。
熊本大は旧制第五高等学校などを前身として1949年に発足した、長い歴史を誇る大学です。よくも悪くも伝統を重んじる、おっとりとした校風ですが、それではこれからの時代を生き抜いていくことはできません。
通常、国立大学を改革するには、計画を立てて予算を取って……と、何年もの時間を要しますが、経済産業省や内閣府からの交付金もあったおかげで、熊本大はわずか4年弱で人材育成の環境のセットアップを完了しました。産官学が一体となって本気を出せば、これほどのスピード感で変化を起こせるのです。

