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マグニチュード7.6の大地震発生→たった2週間で操業再開…「TSMC」が大災害から“スピード復興”できた3つの理由

『TSMC 世界を動かすヒミツ』より #1

2024/05/14
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 世界の半導体市場をリードしている台湾の半導体メーカー「TSMC」。2024年の熊本工場(JASM)始動と第2工場の建設決定で、日本での注目も高まっている。なぜTSMCは世界的な半導体企業として、成長することができたのだろうか?

 ここでは、TSMCを創業時から取材し続けている台湾人ジャーナリスト・林宏文氏の著書『TSMC 世界を動かすヒミツ』(CCCメディアハウス)より一部を抜粋。大地震を経験したTSMCが、どのように復活を遂げたのかを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

TSMC(TSMCのホームページより引用)

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「921大地震」で過去最大の試練に直面

「921大地震」は台湾史に深い悲しみのページを残した。100年に一度といわれる大地震が2000人以上の命を奪った。台湾の産業のなかで一番の国際競争力を誇る半導体工業もまた、揺れと停電と生産ラインのダメージのなかで過去最大の試練に直面した。

 1999年9月21日の午前1時47分、南投県集集鎮を震源地とするマグニチュード7.6とも言われる大地震が発生した。世間はミレニアム前の好景気に沸き立ち、ハイテク業界も出荷の最盛期を迎えていた。新竹のウエハー工場もほぼフル稼働していた。台湾経済部産業技術情報サービス普及計画のデータによると、1998年の台湾ファウンドリーの生産額938億新台湾ドルは世界全体の53.9%に相当し、DRAM(揮発性メモリーの一種。短期記憶〈一時保存〉に使われる)の生産額は世界全体の10.3%を占めていた。つまり、この2つの分野で世界的にも重要な役割を担っていた。

 地震発生時間がちょうど米国株式市場の取引時間中だったため、TSMCの米国預託証券(ADR)はその日のうちに9%も急降下した。またエヌビディアやアルテラ、ADI(アナログ・デバイセズ)、ザイリンクスといった、TSMCやUMC(聯華〈れんか〉電子)と取引のあるIC設計企業の株価も、軒並み下落した。

 またこのころ、台湾のほとんどすべてのDRAM工場は日系企業の主な委託先になっていたため、ウィンボンド・エレクトロニクス(華邦電子以下、ウィンボンド)と戦略的提携関係にあった東芝の株価も4%急落した。

 逆にマイクロン・テクノロジーズ、サムスン、ヒュンダイといった競合他社は漁夫の利を得て、市場ニーズが急上昇した。ファウンドリーへの発注が韓国やシンガポールに移ると市場でささやかれたため、業界1位のTSMCと2位のUMCに次いで第3位だったシンガポールのチャータード・セミコンダクター・マニュファクチャリング(以下、チャータード・セミコンダクター)[現在はグローバルファウンドリーズと合併]の株価は急上昇した。