75年ぶりの新学部
まず取り掛かったのは、優秀な教員の確保です。教育において最も重要なのは、やはり「人」です。産総研(産業技術総合研究所)出身で半導体の三次元積層実装技術の第一人者をはじめ、他大学や研究機関から優秀な先生方をスカウトしました。半導体関連の教員数は当初10人程度でしたが、現在は42名まで増えました。人手不足の時代に、これだけの人材補強ができたのは異例のことです。
そして2022年春に「半導体研究教育センター」(2023年4月より半導体・デジタル研究教育機構)を設置。産官学の連携強化、半導体研究・人材育成の拠点として始動しました。
翌年春には、学内にある600平方メートルほどの場所を改装して、先端半導体の研究開発に不可欠であるクリーンルームを作りました。清浄度が最も高い「クラス1」のクリーンルームを有しているのは、九州の国立大学では熊本大のみです。
2024年春には、工学部に「半導体デバイス工学課程」を創設しました。これは国内の大学で初となる半導体技術者・研究者の育成に特化した学士課程です。「学科」では一つの学問分野を集中的に学習しますが、この課程では化学・電気・機械といった枠を超えて、半導体の研究開発に必要とされる専門的能力を習得できるのが特徴です。
同じタイミングで立ち上げた学部相当の「情報融合学環」には、「DS半導体コース」があります。このコースではデータサイエンスを駆使して半導体の製造プロセスにおける品質管理や工場機能の最大化などに貢献できる技術者・研究者を育成します。ちなみに熊本大に新たな学部が設置されるのは、1949年の大学発足以来初でした。いかに改革とは無縁の大学だったかお分かりいただけるでしょう。
そして2025年春には、半導体に関する高い専門性を持つ人材を育成する大学院を設置します。もともと熊本はソニーセミコンダクタマニュファクチャリングや東京エレクトロンといった半導体メーカーと縁が深いのですが、それらの企業が求めているのは修士課程以上の人材です。ならば半導体に特化した大学院も作ってしまおうというわけです。
国内外の他大学との交流も活性化しています。2023年には東京大学と連携協定を結び、熊本大のキャンパス内に分室を設置。東大の教員が常駐し、熊本大や地元企業と共同研究を行っています。ありがたいことに、地方大学に東大の分室ができるのも初めてです。TSMCの工場が近くにあり、産学連携を積極的に推し進める本学の環境は、東大にとってもメリットになりうる。そんな地の利も生かして、日本最高峰の大学から多くを学んでいきたいと考えています。
さらに工学部がある黒髪南キャンパスでは、二つの新施設が建設中です。一つは半導体やDXを学ぶ学生や研究者が入居し、新たな研究や学びを実践する場。隣接する施設には、共同研究ラボやクリーンルームを設置し、企業や他大学との共同研究の場とします。この二つの施設が隣接することで産学連携と人材育成の相乗効果が生まれてほしい。そんな狙いがあります。
※本記事の全文(約5000文字)は月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(小川久雄「TSMC工場建設は100年に1度の大チャンス」)。
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