ただし、艶金の女性技能実習生盗撮事件は結論としてはウヤムヤで終わった。
先に登場した静岡県の祁春哲の場合は、受け入れ先企業の蓮海工業が大量の法律違反を犯し、しかも被害者が重傷を負って職場に復帰できる可能性がゼロだったことで、法的紛争に持ち込んでリベンジを果たすことができた。
ところが孫麗たちの場合、盗撮事件それ自体は「軽犯罪」にすぎない。会社側が社内にいる容疑者を事実上かばい、監理団体は技能実習生保護のための対策を講じず、地元の警察も捜査を充分におこなわない──。
つまり日本側で事件の調査や捜査が可能な機関が、いずれもサボタージュをおこなって開き直った以上、中国総領事館や中国世論が騒いだところでどうにもならなかったのだ。また、技能実習生は職業選択の自由が事実上制限されているため、その後も実習期間の満了まで同じ職場に居続けなくてはならない。祁春哲のように会社を訴えることも現実的ではなかった。
やがて孫麗たち数人は、事態が解決しないまま実習期間が満了して中国に帰った。
まだ艶金での実習期間が残る李丁らは、相変わらず事件が起きた従業員寮の3階に住まわされ、同じく2階で暮らし続ける日本人男性たちと同居生活を続けている。
起來、不願做奴隸的人們(起て、奴隷になりたくない人々よ)
労働者の基本的人権が事実上制限されている日本の外国人技能実習制度は、欧米のメディアから「現代の奴隷制」とまで揶揄されている。
2015年まで技能実習生の国籍別人数の最多を占めてきた中国人は、かつては母国と日本との巨大な経済格差ゆえに従順であり、長年にわたって「現代の奴隷制」を無言で支え続けてきた。一昔前まで、技能実習生問題は在日中国人問題の一部だとすら言ってよかった。
だが、祁春哲や孫麗たちを見ればわかるように、近年の中国人技能実習生の姿はすでに往年とは違う。
「会社の人たちは現在の中国のことを知らないみたいで、私たちを貧乏だと勘違いしているんだよね。それっていつの時代の話よ? と思うんだけど」
大垣市内での取材時、孫麗が愛用のiPadを触りながら話すと、隣で最新モデルのiPhoneをいじっていた李丁と、正規品のアディダスのジャケットを着て左腕に1万7000円の新品のスポーツウォッチを着けていた趙丹が「そうそう」と苦笑いしてみせた。
「日本に来て本当に失敗したと思うよ。数年前ならともかく、いま中国国内の工場で働くなら残業代抜きでも月収5000元(約7万8000円)くらいはもらえる。でも、日本で技能実習生として働けば、月80時間の残業をこなしても月収は12万円ぐらい。家族にも会えないし自由な時間もないから、まったく割に合わない」