「完全に選択を間違えた」
既婚者で子どもが一人いる孫麗は、2015年秋に出国している。日本に来る前の彼女は韓国向けに衣料品を輸出する中国系工場のワーカーで、月収は3000元(約4万7000円)程度だったが、ここ数年の中国の変化によって事情はすっかり変わってしまった。
「数年前に出国した孫麗の判断はまだ理解できる。でも、最近になって来てしまった私たちはもっとかわいそう。完全に選択を間違えた。まったく自由がないし、すごく理不尽。悔しい。牢屋に住んでいるみたい」
趙丹が言う。2017年1月に来日した彼女は、かつて中国国内で旅行会社の営業職に就いていたときの月収は4000~5000元程度あった。李丁も2017年秋の来日だ。中国では化粧品のセールスレディをしており、月収は趙丹と同じくらいだったという。
静岡県の祁春哲と同じく、彼女らもほぼ「90後」世代である。
中国社会の経済発展や権利意識の高まりのなかで育った90後たちは、ややワガママで享楽的な反面、一昔前の中国人のようなギラついた雰囲気は薄く、暑苦しい人間関係も好まない。たとえ地方都市出身のブルーカラー層の人たちでも最新のデジタルガジェットを使いこなし、そこそこ垢抜けていて、話す言葉も論理的だ。
日本の技能実習制度は、身も蓋もない言いかたをすれば、発展途上国出身の「“低度”外国人材」である若者の判断力や論理的思考能力の低さや、権利意識の弱さに依存して構築されているシステムだ。現代中国の90後の青年との相性が悪いことは言うまでもない。
彼らは技能実習先で理不尽な問題に直面すれば、自分の権利を守る(「維権」)ためにスマホで弁護士を探したり中国領事館や大手メディアにタレ込んだりと、全力で抵抗してくる。まったく「奴隷」には向いていないのだ。
彼らや彼女らが日本に来る理由も、すでに過去とは異なっている。
「技能実習生って、日本で勉強をするついでにちょっとお金を稼げる制度だと思って応募したら、朝から晩まで田舎の工場でミシンがけをやらされて驚いた」
たとえば私が別の機会に電話取材をおこなった、広島県内の紡績工場で働く20代後半の中国人技能実習生の女性はこんなことを言っている。彼女はなんと、ワーキングホリデー制度と勘違いして日本に来ていた。
