日常生活シーンが似合わないと感じる理由

 そのわけとは。今年6月6日に映画版も公開される、吉田修一の小説『国宝』の上巻で、主人公である歌舞伎俳優が大御所から「でも、あれですよ、役者になるんだったら、そのお顔は邪魔も邪魔。いつか、そのお顔に自分が食われちまいますからね」と言われる場面がある。このセリフを読んで、筆者は広瀬すずを思い浮かべた。あまりにもくっきりした顔立ちだと、ナチュラルな生活者がやりにくいこともあるだろうと。

 主演した連続ドラマ『クジャクのダンス、誰が見た?』(TBS、25年)では屋台でラーメンを豪快にすすっていたが、そのシーンが作り出す印象はどうしても「掃き溜めに鶴」というようなギャップなのである。どちらかというと、『ゆきてかへらぬ』(根岸吉太郎監督)のような文芸作におけるファム・ファタル的な役が似合う。そういえば、この映画でも、広瀬演じるヒロインは役者を目指して脇役に甘んじているが、使用人の役が似合わないと言われていた。だがそれも個性である。その個性を大事にすればいい。

映画『ゆきてかえらぬ』公式Xより

 2022年、広瀬がロンドンで野田秀樹の舞台『Q:A Night At The Kabuki』に出たときの劇評ではこんなふうに書かれている。

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「若き日のジュリエット役の広瀬すずは人の心を掴んで離さない。彼女が舞台に出てくると、観客は目を離せない。どんな演出の『ロミオとジュリエット』であってもきっと素敵なジュリエットを演じてくれることだろう」Lost in the Theatreland★★★★★(2022年9月25日)ジェニー・スキューズ

 

原文:Suzu Hirose as Young Juliet is utterly compelling, you could not keep your eyes off her when she entered the stage.In any rendition of Romeo and Juliet she would be wonderful. 

 

「ジュリエット(広瀬すず)とロミオ(志尊淳)は想像しうる、世界で一番美しい生き物であり、二人の恋がわずか5日間で終わってしまうなんてとても信じられないという気持ちになる。広瀬も志尊も若いが、たくさんの映画に出ている」Number 9 reviewing(2022年9月23日)(絶賛評)ペニー・カーラン

 

原文:Both Juliet (Suzu Hirose) and Romeo (Jun Shison) are the most beautiful creatures that you could imagine, and you cannot? believe their love is destined to last for only five days. Both Hirose and Shison despite their young ages have also appeared in many movies. 

 

(NODA・MAPロンドン公演「A Night At The Kabuki」劇評より抜粋)

 野田秀樹が「ロミオとジュリエット」を源平合戦の時代に置き換えて描き、さらに、シベリア抑留の物語にまで世界は広がっていく。レイヤーのように重なる長い時間を人間の肉体のみで表現したとても壮大な意欲作のなかで、広瀬が演じたのは、若き日のジュリエット(源の愁里愛)と、松たか子が演じるその後の大人になったジュリエットの「面影」であった。

『Q:A Night at the Kabuki』公式サイトより

 ジュリエットの面影は生霊的な感じで、大人のロミオとジュリエットを見つめることしかできない。シベリアで抑留されて労働しているロミオ(上川隆也)の傍らにいながら触れることも話しかけることもできないのだ。ずっと黙って存在しているジュリエットの面影。その佇まいや瞳が物語る力はとてもとても強かった。国内では第54回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞している。

 イギリスでは共演者の志尊淳とふたり「想像しうる、世界で一番美しい生き物」と評価されている。海外でも広瀬の美しさが認められたのだ。また「彼女が舞台に出てくると、観客は目を離せない。どんな演出の『ロミオとジュリエット』であってもきっと素敵なジュリエットを演じてくれることだろう」という評価も注目に値する。ヒロイン中のヒロイン・ジュリエットにふさわしい俳優だという賞賛は、広瀬の天賦の魅力が認められたことにほかならない。そこは今後も大いに生かしつつ、スキルをあげていけば最強であろう。