「ずっとこうしたかった」
広瀬すず演じる美咲が誰かと抱擁している。このカットは『片思い世界』(坂元裕二脚本、土井裕泰監督)の予告映像で印象的に使用されているものだ。映画をすでに見ている者としては、やっぱりここ、使うよねえと、うんうんうなずいてしまう。「ずっとこうしたかった」の広瀬すずの表情と声が実にいい。これを見ていると、広瀬すずは愛の泉のような俳優であると改めて思う。多くの観客がスクリーンから彼女の愛を浴びて恍惚となるだろう。
3人の演技派女優が揃う豪華な新作
『片思い世界』の制作が発表されたときから楽しみでしかなかった。広瀬すずと杉咲花、清原果耶、若手演技派としてまったくかぶらない個性とスキルをもった3人のトリプル主演作で、脚本は『怪物』『ファーストキス 1ST KISS』などヒット作が続く坂元裕二である。ただ、豪華すぎる建て付けだからこそ、やや心配もあった。
心配点はふたつ。まず、広瀬、杉咲、清原……と単独主演を何作も任されてきた3人だから、ともすればバッチバチの演技合戦が繰り広げられ、そのせいで空中分解してしまうのではないかということだ。もう一点は、事前にストーリーがまったく明かされていなかったため、3人のイメージPV化するのではないかということ。ただ映像が美しいだけだったらどうしよう。ところが、映画を観たら、たちまちどちらの心配も吹っ飛んだ。
3人の暮らす一軒家はかつて画家が住んでいた設定で、その痕跡もさりげなくあり、飾りこみは隅々まであたたかく、細やか。そこで行われる誕生日のサプライズパーティーの場面を筆頭に、3人が戯れる姿が見れるシーンはどれもこれもじつに眼福だ。それでいて、全然PVではない。ちゃんと浸透圧の高い、心に深く響く物語になっている。合唱曲が効果的で、あの歌が流れると問答無用に泣けてくる。いまも思い出すたび泣く。
美咲は会社で働き、優花(杉咲花)は大学で量子力学の勉強、さくら(清原果耶)は水族館でバイト。日中の行動は別々だが、朝、家を出てバスに乗るところまでは一緒。あるとき、バスのなかで美咲が気にかけている人物・高杉典真(横浜流星)がいることに気づいた優花とさくらは、美咲の思いを後押ししようとおせっかいをはじめる。でも、高杉と美咲の間にはたやすく近づくことのできない障害があって……。この障害こそが物語のなかの最重要ポイントであり、楽しく麗しく見える3人の世界が「片思い世界」である所以なのであった。
美咲は少女時代から、高杉と深いかかわりを持っていた。再会した高杉を美咲はそっと見つめ続けるしかなくて……。
ふわふわと日々を過ごしているようだった3人が、やがてそれぞれに抱えた心残りを払拭しようと全身全霊、奮闘していく。広瀬、杉咲、清原の3人には心配したような変な演技対決意識は感じられず、あくまで等価で、それぞれのやれることをせいいっぱいやっている爽やかな印象だ。それが美しいマーブル模様のように溶け合っていく。だが、この日常生活シーンを演じる広瀬はほんのすこしだけ、ほかのふたりからはみだして見える。