お酒の営業が教えてくれたこと
―― 一度は完全に諦めたわけですね。
フジワラ はい。でも、このお酒の営業時代に得た学びが、後に再びイラストレーターの道を目指したときに大いに役立つんです。当時、世の中のブームもあって日本酒に興味を持ちはじめ、酒造の世界ってすごく面白いなと思って、勉強し始めました。
酒造りの体験に行ったり、テイスティングのセミナーに通ったりして、お酒に対する造詣も深まったのですが、実際に営業の現場で求められることは「お酒の知識」ではなかった。
繊細な香りがどうとか、どこの蔵元の特別純米酒で……とか言われても、飲食店の人たちにしたら別にお酒のスペックに興味はないんです。でも、「このお酒、じつは杜氏さんが晩酌で自分が飲みたくてつくったお酒で……」など、背景のストーリーを伝えると、俄然興味を持って買ってくれました。お酒の味や品質だけでなく、その商品がもつストーリー性が購入の決め手となることに気づいたんです。
――確かにその商品にストーリーがあると、買いたくなります。
フジワラ 有名な例でいうと、秋田県の新政酒造さんはもともと大衆的だったお酒を自社のストーリーでリブランディングに成功し、若い人たちにも絶大な人気となりました。日本最古の6号酵母の発祥の蔵であることや、生酛造りや木桶仕込みという伝統的な製法にこだわり抜き、地元秋田県産の米のみ使って醸造するというストーリーが、フルーティで品のある味わいと相まって、大量生産のお酒とは異なるブランディングへとつながったんです。
新政さんだけでなく、様々な蔵元や杜氏さんたちから、どんなこだわりがあってどういうストーリーで売っているかを直接聞けたのは、すごく刺激的でした。興味深いことに、各酒蔵さんは横のつながりがけっこうあって、どこの蔵で修業したかという「系譜」が、独立したあとその土地固有の風土のなかでオリジナルな酒を極めていくうえでも、強いブランディングになっていたんですね。
この“系譜づくり”という戦略が、プロのイラストレーターになるうえでも突破口となりました。
作品の“系譜”はどこにあるのか――ストーリーとしてのブランド戦略
――具体的にはどういうことでしょうか?
フジワラ 順をおってご説明すると、お酒の営業の激務でメンタルを壊してしまった私は会社をやめ、30歳で一念発起して、再びイラストレーターの道を目指します。それまでの私は上手い絵を描いていれば自然と仕事がくるのではないかという感覚でいました。でも「ものを売る」という意味では、それだけでは不十分だった。
お酒の世界も良いものを作ったからといってそのまま売れるわけではありません。いかにその商品に付加価値をつけて、他と差別化するかという「ストーリーとしてのブランド戦略」が重要で、それはイラストにこそ必要ではないかと考え方を180度変えたんです。
ここで非常に参考になったのが村上隆さんの『芸術闘争論』でした。ここではアートにおける文脈(コンテクスト)の大切さが強調されていて、日本では作者の表現したいものを自由に描くのが素晴らしいアートだという教育が一般的ですが、欧米諸国にならい先行する名作や社会的な背景を踏まえたコンテクストのなかで作品を価値づける重要性が書かれていたんですね。
そこで、自分の画風や作品の系譜がどこにあるのかを強く意識して、マーケットの中で打ち出すことにしたんです。
――それは興味深いアプローチですね!

