数学にはかなりのパラダイム変換が起こる

 量子力学の話で言えば、非常に有名な「二重スリット実験」があります。2つのスリット(細長い穴)があいた板を用意して、そこに向けて電子を飛ばしていく。物質には「粒」と「波」の2つの性質があるのですが、どのスリットを電子が通ったのかを観測することで、その振る舞い方を調べようというものです。この実験では、一個一個の粒子がどのスリットを通るのかを把握することはできませんが、何パーセントの粒子がスリットを通っていくのかということは、かなり正確な数値で予測できるのです。

 そうしたふうに数学も、「決定的な正しさ」よりも「事実的な正しさ」のほうに振れていく可能性がありますね。個々の具体例に関しては何もわからないけれど、統計的にはかなり正確に定量的にその確率を評価できる。22世紀の数学の正しさは、量子力学的な正しさに似ていくのではないかと思います。もうすでにその片鱗は、最近よく耳にする量子計算とか、量子コンピュータの原理なんかにも現れています。

編 かなりのパラダイム転換が起こりますね。

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文 パラダイム転換を引き起こす要因としては、もう一つ、最近話題の機械学習の存在も考えられます。機械学習とは、コンピュータに膨大な量のデータを読み込ませて、さまざまなアルゴリズムに基づいて規則性や関係性を学習させる技術のことをいいます。そのなかでも、人間の神経細胞(ニューロン)を模して生み出された深層学習(ディープラーニング)は、より複雑なデータを扱えるようになりました。

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機械学習による“ブラックボックス”化

 深層学習の中身をみていくと、ものすごくたくさんのノード(情報処理をおこなう場所)がお互いにつながり合っている。入力層から入ったデータは、大量のノードがつながっている中間層を伝わっていき、出力層で最終的な予測が出てきます。ただ、結果が出るまでの過程は、ほぼ“ブラックボックス”となってしまっています。何百、何千、何万とあるノードがどのような働きをしたと具体的に説明できるわけではありません。人間の脳も同様に、一個一個のシナプス(神経細胞の接続部分)の働きを説明することは、おそらく今後も困難だと思うんです。ただ、細かいところの仕組みはわからなくても、「全体としてはこういうことができているんだ」ということは、かなりの確度をもって説明できている。

編 数学においてもプロセスは重要でなくなる?

 そうかもしれません。というより、「プロセス」の意味がどんどん広くなっていくという感じです。これまでの数学では、ある一定の結論を出すプロセスを全部明らかにしていき、なぜその証明が成立するのかをすべてちゃんと説明できていました。いわば究極の“アカウンタビリティ(説明責任)”が大きな特徴だったのです。これからの数学においては、なかなかアカウントできないものがたくさん出てくる。つまり、確率論的にしか正しさが担保できないとき、従来的な意味での「プロセス」では証明を書いてみせることができない定理もあり得るのではないかと思うんですね。すべて明確に説明できなくても、結果が大体合っていて、その「確からしさ」がちゃんと評価できるとか。