視界が急に回転、物凄い音が途切れ途切れにしか聞こえず

 仁美と一緒だった福田裕子の証言に基づく経過は――。

 周りの様子に違和感を覚え始めたのは、窓の外の景色が流れるスピードが異常に速く感じるようになった時からだった。車内は浮き足立ったような異様な空気になっていた。やがてブレーキをかけたような鋭い音が響いたかと思うと、次の瞬間、大きな縦揺れが生じ、進行方向を向いて立っていた裕子の目に視界が急に回転するように映った。

 がたがた揺れて傾いていく車両の中で、乗客たちはバランスを崩し、倒れて落ちていく。車内灯が点いたり消えたりする中で、裕子は足をふんばって揺れに耐え、目の前の仁美と見つめ合いながら無我夢中で何かをつかんだ。それは仁美の両手だったが、そのことは、後で仁美から聞いてわかった。

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 物凄い音がしているのに、途切れ途切れにしか聞こえない感覚だったのは、自分の身体が激しく揺さぶられていたせいだったのか。次の瞬間、まるで無重力状態になったようにふわっと身体が浮いた。目の前に、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばった仁美の顔が見えた。この時、仁美も裕子が目を見開いたまま折り重なる人たちの上に落ちていくのを目撃していたのだから、同時に投げ飛ばされた瞬間のそれぞれの必死の形相を、互いに網膜に刻んだという極めて特異な体験をしたのだ。

脱線事故が起きた福知山線 ©文藝春秋

物凄い衝撃音とともに、真っ暗に

 浮いた裕子の目には、進行方向に向かって右側の窓がすーっと高くなってきて、窓の外の街の風景が下方に見えなくなり青空が広がるのが見えた(電車が急カーブで遠心力によって左に傾き脱線転覆していった経過に一致する)。自分の身体は床に着いたか着かないかという状態で落下し、どこかに叩きつけられた。後頭部が何かぐにゃっとした柔らかいものにどすっと当たったが、まるで痛みは感じなかった。そこは傾いて下面になった車両左側のドア付近だった。

 ドアの窓から、バラスト(敷石)がわーっと近づいてくるや、車両は左側面をバラストに接触させて突進するので、ガリガリガリッと激しい振動が壁から全身に伝わってきた。前のほうから車体がねじれ、側面や床がめくれ上がり、窓枠などのパーツが壊れていくとともに、窓ガラスが次々に破砕されてくる。目の前の窓ガラスが破れたら、危ない。

《ヤバイ!》

 そう思った瞬間、いきなり耳栓がはずれたかのように音の感覚が戻り、車両が何かに激突したのか、物凄い衝撃音とともに、真っ暗になった。

 裕子は、その時気を失った。再び目を覚ましたのは、おそらく数分経ってからだ。裕子は自分が数少ない生き残りの1人だとは、夢にも思わなかった。いや、それどころか、自分の周囲に塊状になっているのが、動かなくなった乗客たちなのだということすら認識できていなかった。

 裕子の記憶でも、電車が突然傾き出してから衝撃音とともに停止するまでの時間は、「ほんの数秒、4~5秒か」と感じられた一瞬の出来事だった。

次の記事に続く 「ブルーシートが、血まみれの人たちで埋められて…」107人が死亡した“凄惨な電車事故”生存者の女子大生が語った、事故直後の壮絶すぎる状況

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