ザ・フォーク・クルセダーズの元メンバーで、精神科医のきたやまおさむ氏が、「むなしさ」との付き合い方を語ったインタビューを一部紹介します。
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「喜怒哀空楽」としてもいい
人間の様々な感情を表す日本語に「喜怒哀楽」がありますが、私は「喜怒哀空楽」としてもいいのではないかと思っています。
空虚の“空”、すなわち「むなしさ」です。
自分の人生に意味はあるのか。自分に存在価値があるのか。何をしても砂を噛むようで、味気ない……。
ふと訪れるむなしさは、誰にでも覚えのあるものでしょう。
とりわけ若い頃はこうした感覚に敏感ですし、なんとか打ち消そうと苦闘して余計にむなしくなる。
私自身、大学時代に「ザ・フォーク・クルセダーズ」(フォークル)の一員として突然芸能界デビューすることになり、むなしさに圧倒されていました。表舞台の自分と普段の自分とではどちらが本当の自分なのか、日常の自分には価値があるのだろうか、と。結局、フォークルは一年足らずでメジャーとしての活動を終えて解散しました。
その後、作詞家として『戦争を知らない子供たち』という歌を手がけもしましたが、1946年生まれで戦争を知らない世代の私も、78歳となりました。
今では、むなしさも喜怒哀楽のようにあって当たり前の感覚だと考える一方で、人生を総括してもう取り返しがつかないと噛みしめるような、いうなれば「老境のむなしさ」も感じています。
2024年に『「むなしさ」の味わい方』(岩波新書)という本を出したところ、読者から、後期高齢者の妻が突然むなしいという言葉を発したため本書を手にした、というレビューをいただきました。
私はこれを「むなしさを味わいやすい年頃になったという発露でもあるな」と捉えました。若いうちはあまりにむなしさが痛みに満ちていて逃げてきたのかもしれませんが、ようやく慣れてきたのでしょう。
