そんな複雑すぎるやりとりをしている様子をみて、この子の精神的苦痛を知り、その内容を繊細に理解するには、それなりの知識と、それに基づく想像が必要なはずです。
他者を理解するために孤立や孤独が大切
日本社会において、親友同士では軽口を言い合ったり恋愛話をしたりすることは珍しくない。セクシュアルマイノリティへの理解や配慮が実質的な形では広がっていない。だからこそ、自分のセクシュアリティについて親しい人に明かすことすら難しい状況がある。自分のセクシュアリティを秘密として持っていることは当事者に疾(やま)しさを感じさせうる。
すぐに恋愛話を終わらせるのは不自然に思われるかもしれない。こうした状況を問題視する声も広がっている。微妙な話題を振られたからといって、親友をわざわざ恨みに思いたい人はいないだろう。……などといった、文化的・社会的な知識がなければ、この高校生の苦痛を想像することはできないはずです。
このように考えると、他者の心理状態を知るために、私たちは「かみ砕きにくい」事態の処理時間を意識的に確保する必要があるというのはもっともです。
消化しきれないモヤモヤした状態で、それでも、何とか理解しようとすること。それが「内省的処理」(=思考/自己対話)を前提とするものである以上、他者から切り離されて何かに集中する状態である〈孤立〉や、自分自身と対話している状態である〈孤独〉は大切なのです。その意味でダマシオらの研究は、孤独の重要性を裏書きするものです。
スマホによる常時接続が奪っているもの
実際、ダマシオらも、自分たちの研究はそうした文脈で読まれうると考えていたようで考察の内容を「常時接続」や「マルチタスキング」という論点と結びつけています。曰く、「デジタル時代の特徴である注意を要する迅速かつ並列的な処理は、そうした情動を十全に経験する頻度を下げ、潜在的にネガティヴな帰結をもたらしかねない」。
スマホなどで「つながりの社会性」ベースの即時的なコミュニケーションを重ねてきた人は、かみ砕きにくい心理状態を想像する機会や、他者の心理状態に共感的にかかわる機会をみすみす手放し続けているのかもしれません。