瞑想のような「6・4秒」の衝撃

 主審がホイッスルを鳴らした。遠藤は相変わらずじっと立ったまま、食い入るようにボールに見入っている。まだ立っている。テレビカメラがその表情をアップで捉えた。表情はまったく動かない。まるで瞑想しているかのようだ。彼はその状態のまま、何と6・4秒間も立っていた。世界中の人々の目が見守るなかでだ。突然、遠藤はその状態から抜け出した。GKをちらりと見たのだ。短い助走。たったの2歩。右側のコーナーにボールを蹴った。ゴール。

 ほとんどの人の目には、このPKはうまく芯に当てたごく普通のキックに見えたかもしれない。だが、PKに専門的な関心を抱くわたしにとってはとてつもない瞬間だった。サッカーの主要な大会のトーナメント戦でおこなわれたPK戦のなかで、主審のホイッスルが鳴ったあとあれほど長く身動き一つせずに立ち尽くした選手はかつていなかったのだから。

 わたしは思わず通りに飛び出して、そのことを誰かに言いたくなった。だが、もちろん、PK戦を最後まで見届けなければならない。

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遠藤保仁 ©文藝春秋

遠藤が明かした「6・4秒」の理由

 遠藤と会った時に、あんなに長い間を取った理由を尋ねた。彼はまず、GKに予測されないようにしたかったのだと語った。「主審のホイッスルのあとすぐにキックしたら、キーパーがタイミングを合わせやすくなりますからね。だからぼくは時間をかけてキックすることにしたんです。……あれ以前にもPKの前に6秒以上待ったことがあるんじゃないかな。ホイッスルのあと1、2秒でキックすることはめったにないから、自分にとって適切なタイミングは6~10秒ぐらいだと思う。いつもそんな感じです」

 では、待っている間は何を考えているのか? 「瞑想って、特に何も考えずにじっとしていることですよね—うーん、まぁ、だいたいそれに近いんじゃないかな。だからぼくは集中していたし、もちろん、シュートをうまく決めるだろうと自信を持って立ってました。もっとも重要なことは2つですね。自信を持って蹴ることと、キックを成功させるために全力を尽くすこと。PKの前はこの2つを考えていて、他のことは何も考えませんでした。落ちついていて冷静でした」

 それだけだ。遠藤は本質的なことだけに注意を向けた。落ちつき、自信、そしてキックを成功させるために集中すること。