「史上初のPK」を1番手で蹴ることに
その後セルソ・ボルヘスはコスタリカ代表として160試合以上に出場し、同国の歴史のなかで最多出場選手になった。2014年のワールドカップで、コスタリカはグループステージを1位通過して、大衆を驚かせた。同じグループにはウルグアイとイタリアとイングランドが並んでおり、結局イタリアとイングランドが敗退した。続くラウンド16でギリシャと対戦したが、試合は延長戦の末に1─1で引き分けた。PK戦で決着だ。
ボルヘスは当時のことを鮮明に憶えていた。「やれやれだよ。コスタリカがワールドカップでPK戦をやるのは史上初のことだった。で、1番手のぼくがその史上初のPKを蹴ることになった。だからすごく緊張した。すごくね。他に表現のしようがないぐらいに」
だが、ボルヘスは緊張で圧倒されたりはしなかった。「これからやることにひたすら集中していた。周囲で何が起きようが気にならなかった。ゆっくりと時間をかけて、何をするべきか、ボールをどこへ蹴るか、といったことだけをひたすら考えていた」
ボルヘスは得点に成功して、コスタリカはPK戦を制した。準々決勝でオランダと激突し、この試合もPK戦に突入することとなった。最終的にコスタリカにとって苦い結果に終わったが、それはともかくとして、今回もボルヘスは1番手キッカーに選ばれた。直接対決となる相手は、PK阻止の名手で容赦のないオランダの守護神ティム・クルルだ。「すべてをいつもと同じようにやった。ゆっくり準備して、ちょっと間を置いて。深呼吸を1回。あとはただ蹴るだけだった」。再びゴール。
長い間を取って「キーパーに不安を伝染させる」
興味深いことに、ボルヘスはどちらのPKでも、ホイッスルが鳴ってからボールに向かって助走するまでにかなり長い間を取った(オランダ戦では5秒以上)。わたしがその理由を訊ねると、彼はこう答えた。「確かに時間をかけた。父のアドバイスだったんだ。前に一度こう言われたんだ。主審のホイッスルは助走を始めろという合図じゃない、ルーティンを始めろという合図だ。テニスとは違うんだぞ。テニスの場合は、確か25秒以内にサーブしないといけないんだったか? でも、サッカーでは好きなだけ間を取れるんだぞ、って」
時間をかけることは、GKとの一対一の勝負で相手に影響を及ぼすチャンスだった。「父がいつも言ってるんだ、キーパーにも不安を伝染させろって。キーパーに『おいおい、こいつは一体何をしようとしてるんだ?』と言わせるぐらいに。相手がそんなことを考え始めたら、ぼくはPKを始める。相手の集中力がちょっと切れたところで、深呼吸して走り出す。時間をかけるのはそのためだね。急いでやることではないから」
