日本に二人しかいないタイプのミステリー作家

石井 長岡さんは、核となるアイデアの膨らませ方が名人級で、最終話の「土中の座標」ではある通信手段が出てきますが、おそらくそのウンチクから膨らませてこの話を作ってるんですよ。

D 「土中の座標」、すごく面白かったです! この本を読んでいる途中からKさんに「最終話面白いよ」って聞いて期待値があがっていたんですけど、その期待をさらに上回ってきました。

石井 登場人物二人のあいだで絶妙な言葉が出てきますけど、その言葉を聞くシチュエーションがまたすごいでしょ。これはたぶん、この話を成り立たせるためにあとから無理やり考え出したシチュエーションなんですよ。でも、読むと無理やり感がない。

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 長岡さんは、アイデアをひたすら探し続けて、「これはいける」と思ったら、そこを徹底的に掘り広げて一篇の作品へと仕上げていくタイプ。だからどんな事件が起きるかとか、どんな人が登場するかというのはアイデア次第なんです。

K こういうタイプの書き方だと、シリーズものを書くのが難しいはずなんですけど、百目鬼巴が「安楽椅子探偵」タイプのキャラクターだから成立しているんですよね。そして、この短篇集、一篇一篇が意外なほど短くないですか?

石井 短いです。

K この短さで事件の始まりから終わりまでしっかり描けているっていうのはかなり珍しいように思います。

石井 ミステリーってどうしても長くなりがちですから、これは特殊な技術です。

K やっぱりそうですよね?

石井 この技術を持っているのは、本格ミステリーの世界では長岡弘樹さんと大山誠一郎さんのお二人だけではないでしょうか。

D 二人だけ。

石井 大山誠一郎さんなんて、本格ミステリー以外の何ものでもない作風なのに、40枚とか50枚で一本の短篇を書いちゃうんですよ。なぜそれができるかっていうと、登場人物の人数がめちゃくちゃ少ない。この人まで殺されちゃうんだったら、もう犯人はどこにもいないんじゃないか? ってくらい少ない。

K 長岡さんもそうでした。Dさん、最初すごい驚いていましたよね。「裏庭のない交番」では登場人物が数人しかいないのに、一人が死んじゃって。

D それなのに、全然先が読めないんですよ。

K 本当にお上手。

石井 大変、高度な技術です。