「ねぇ、これ見てよ」かっちゃんが見せた生々しい傷跡

 これが作り話ではないとわかったのは、それから1年ほど経った日のことである。

 その日の朝、来所した女性利用者の一人が、真っ先にかっちゃんのもとに足を運び、心配口調でさかんに声をかけている。

「勝見さん、大丈夫? もう落ち着いた?」

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「まだ腕痛いけど、大丈夫だよ」

「それなら良かった」

 いったい何があったのか。

「だって」と、その女性利用者が私に目を向けた。

「勝見さん、昨日ミーティングルームでずっと一人で泣いていたんだもん」

「泣いていた?」

「うん。JさんとU子さんに叱られて」

 U子さんは私が勤め始めた8ヶ月後、正社員としてT作業所に入社した。彼女の「本性」は本書を読み進めるうちに明らかにされていくが、その高圧的にして監視的な支援態度もあり、私は密かに「影の独裁者」なるあだ名をつけていた。

「なんで叱られたんだろうね」

 そう言いながら、傍らのかっちゃんに目を移した。

©AFLO

「ねぇ、これ見てよ」

 助けを求めるように、かっちゃんが言った。それから、私を作業所の隅に連れていくと、セーターの袖をまくり上げた。

 肩から上肢にかけて、無数のうっ血した箇所がある。特に両上腕部と両手首の内出血は、濃い紫色に変化し、生々しい傷跡をさらけ出していた。

「どうしたの?」

 私は目を丸くした。

「ひどいね、この内出血。それも、こんなにたくさん」

「昔吸ったタバコの吸い殻」で責め立てられ…

 かっちゃんは口を尖らせながら事態を説明した。

「昨日、JさんとU子さんにミーティングルームに呼ばれたんだ。で、僕の部屋からタバコの吸い殻が見つかったと言って、僕を責め立てるんだ。上から目線で『これ、どうした?』『グループホームではタバコ禁止なのに、どうして吸った?』とかね。

 でも、僕、今回はタバコなんか吸ってない。見つかったのは、昔吸ったタバコの吸い殻だったんだよ。そのことを言っても『ホントのこと言いなよ』と信用してくれないし、解放もしてくれない。だから、『もういいでしょ?』と、自分から部屋を出ようとしたんだ。そうしたら、『まだ話が終わってない!』って、後ろからJさんに腕と手首を強く掴まれたの。

 腕なんてねじ上げられて、すごく痛かった。『痛いよ~!』と叫んで、それでも必死に逃げようとしたんだけど、出口はU子さんが体を張って塞いでいたので、逃げるに逃げられなかった。だから、ずっとJさんにやられっぱなしだったんだ」

 T作業所の職員による朝礼は、社員が揃った9時すぎから行なわれる。この日はJさんとU子さんが出勤していた。私はさっそくかっちゃんの両腕が内出血していることを、抗議の意味も込めて2人に伝えた。