「ああ……あれは自分がやったものです」

 Jさんは戸惑いながらもそれを認めた。が、咄嗟にこんな言い訳を付け足した。

「勝見さん、自傷行為に走ったので、それを止めただけです」

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 さすが弁舌巧みなタイプとして評判になっていただけのことはある。

 しかし、かっちゃんはこう口にした。

「前回はパニックになって頭を壁に打ち付けたけど、今回は自傷行為なんてしてないよ。だって、僕、何も悪いことなんかしてないんだから。それより、僕のいないときに勝手に部屋に入り込んで、粗探しされたことにイラッときてたんだ。それなのに、あんな暴力まで振るわれて、すごく悔しかった。だから、僕、泣いたんだよ」

かっちゃんが最初の「犯行」に及んだ背景

 かっちゃんが見舞われた、社員による2度にわたる集団暴行。他の利用者の部屋に忍び込み、菓子類だけでなく現金まで盗んだ最初の「犯行」は、たしかに非難されてしかるべきである。本来なら刑事罰の対象だろう。

 ただ、なぜそういう行為に走ってしまったか。その背景を考えると、少なくともかっちゃんだけが責められる問題ではないことがわかる。

 かっちゃんは大の愛煙家である。喫煙を人生最大とも言える「楽しみ」としてきた。かつては本数に制限を課せられていたものの、グループホームの玄関先での喫煙が許されていたという。

 そこに、新型コロナウイルスが襲いかかった。利用者と支援員の多くが感染し、かっちゃんも新型コロナウイルスの魔の手にかかった。医師からは禁煙を勧められ、T作業所もそれに同意した。こうして、かっちゃんは大好きな喫煙の機会を奪われたが、彼に課せられていた制約はそれだけでない。

食への欲求を抑えていた喫煙までもが禁止された

 かっちゃんは太り気味で、高血圧症の持病もある。そのため、T作業所からは減量命令が下され、菓子やジュースなどのおやつ類の間食を早くから禁止されてきた。飲酒などはもってのほかである。

 コロナ禍以降は全ホームで、休日であろうと外出は御法度になった。かっちゃんの場合は、小遣いもT作業所の管理下にある。こっそりグループホームを抜け出せたとしても、手持ちのお金が一銭もないので、好きなものを買うこともできない。

 それでも、喫煙が許されていた頃は、食への欲求も何とか抑えることができたという。その喫煙までもが禁止された。楽しみのすべてを奪われ、かっちゃんは悶々とした日々を過ごすしかなくなった。前記の「犯行」はそのさなかに行なわれたものである。

 かっちゃんは言った。

「タバコ吸わせてくれてたら、あんな盗みなんて絶対やらなかったよ。タバコ吸いたくて、毎日イライラしてたんだ。だって僕、タバコ吸って、それで命縮めたとしても、納得してるんだから、誰のせいでもないよ。主治医? たしかに以前の主治医には禁煙しろって言われた。けど、いまの主治医にはそんなこと一言も言われてないよ」

次の記事に続く 「服従させることに躍起になっていましたね」日本の障害福祉の現場で起きている“非人道的な対応”のリアル