トランプ政権の高関税政策はなぜ生まれたのか。そして、日本はどのように対応をしていくべきなのか―ー。経済学者・小林慶一郎氏の寄稿「日本は米国に何を提案すべきか」(文藝春秋6月号)の冒頭を紹介します。

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トランプ政権はなぜ「高関税政策」を導入したのか

 アメリカのトランプ政権の攻撃的な高関税政策には世界中が驚愕した。あきらかに自由貿易体制を傷つけるこのような政策をとる目的は、製造業に従事する米国の低中所得の白人中間層(いわゆる「忘れられた人々」)に仕事を取り戻し、彼らの生活を再興することだろう。中間層の再興は、常識的に考えれば、国内の富裕層からカネを取って低中所得層に分配する再分配政策(社会保障政策)で対応するべき内政問題である。ところが、国内の分断を激化させたくないトランプ政権は富裕層から低中所得層にカネを分配する所得再分配政策はやりたくない。富裕層の反発は必至で、国内の政治的な分断を激しくするからだ。そもそも自主独立を重んじるアメリカの世論は再分配政策は好まない。

2月に行われた日米首脳会談 Ⓒ時事通信社

 トランプ政権は、国内を団結させ、かつ、中間層も再興する一石二鳥の策として高関税政策を選択したのだ。外国が米国を搾取しているという世界観で、国内で分断した富裕層と低中所得層の団結を図り、関税引き下げ交渉で外国から経済資源を奪い取れば国内の低中所得層の仕事が増えるという一石二鳥である。外国から経済資源を奪取するとは、たとえば、外国がアメリカの製品に掛けている関税を引き下げさせてアメリカからの輸出をしやすくすることである。日本のコメがその一例だ。また、外国の企業が高関税を払うのを嫌気してアメリカ国内に工場や事業の拠点を立地すれば米国内に雇用が生まれ、低中所得層が潤うことになる。さらに、外国通貨の為替レートを切り上げさせて、ドル安に誘導することも米国の製造業の利得になる。ドルが安くなればアメリカから外国への輸出がしやすくなるので、米国内の労働者の仕事が増えるからだ。

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 この理屈では、関税の第一の意味は交渉のカードだと言える。海外から投資や雇用などを呼び込むために、極端に高い関税を掲げて外国に譲歩を迫り、多くの経済資源を外国から奪取すれば米国経済は損しないという算段なのだろう。そのために世界経済が全体としてどれほど縮小しても構わないと考えているとすれば、トランプ政権はアメリカ・ファーストの観点からは合理的といえるかもしれない。しかし、外国から十分な譲歩を引き出せるか分からないし、関税の影響で米国の中間層の生活が最初に痛めつけられることになるはずなので、決して目論見通りに「外国から貢物を出させて米国が肥える」とはならない可能性が高いだろう。