恐ろしいのは、物価統制
高関税政策の発表直後から金融市場は大きく動揺し、米国債の急落によって、相互関税の実施は90日間の停止に追い込まれた。もし90日間の猶予期間に関税交渉が不調だった場合には、高率の相互関税が実際に課されることになる(どうなるか予断を許さないが)。そうなると、外国からの輸入品について関税を支払うのはまずアメリカの輸入業者だから、アメリカ国内での販売価格が上昇する。つまりアメリカの消費者から見れば関税は、外国製品に課される消費税のようなものなので、その分、アメリカの景気は悪化する。不景気になって失業が増えれば、まっさきに解雇され生活困難に陥るのは、トランプ支持者である「忘れられた人々」なのである。
経済悪化に反応してトランプ政権が高関税政策を止めるという方針転換をすればベストシナリオだが、そうならないかもしれない。恐ろしいのは、関税によって米国内の物価が上昇するのを強制的に抑えようとして、物価統制のような計画経済的手法に手を染めることである。いまのところそのようなことは考えにくいが、ラストベルトの「忘れられた人々」の生活をよくするためには市場経済の原則を踏み越えることに躊躇しないトランプ大統領は何をするか分からない。関税を理由に値上げをしないようトランプ大統領が大手自動車メーカーに警告したという報道もある。
この先、相互関税によって海外からの輸入が減って物価が上昇しても、関税を撤廃することはメンツがつぶれるのでできないだろう。物価上昇を抑えるためにFRB(連邦準備制度理事会)が金利を上げようとしたら、トランプ政権は反対するだろう。金利が上がれば借金をしにくくなるので、打撃を受けるのは消費者ローンなどに依存する「忘れられた人々」の生活だからだ。そうすると、関税政策によって悪化する国民生活を取り繕う方法としては、強制的な物価統制しか選択肢はなくなるかもしれない。もし物価統制が広範に始まれば、いよいよ自由経済の危機である。
※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(小林慶一郎「日本は米国に何を提案すべきか」)。
■特集「緊急特集 黒船トランプ迎撃作戦」
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・小林慶一郎「日本は米国に何を提案すべきか」
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