コスパよく稼ぎたい“直美”などの医師の増加が背景に
ずさんなオンライン診療が拡大する背景には、オンライン診療解禁をビジネスチャンスと見て参入する営利企業の増加、楽に儲けるために自由診療に携わる医師の増加、オンライン診療ビジネスを支えるコンサルやアフィリエイターの増加などの複合的な要因がある。
幹弥医師が厳しく見るのは、やはり医師側の問題だ。
「オンラインでのGLP-1処方とかAGA治療とかすごく楽ですから。法律上は医師の診察が必要だから医師にいてもらっていますが、実際には企業側の人たちによって診察もマニュアル化されている。いまの若いお医者さんはコスパよく楽して稼ぎたいという人が多いから、給料がよければそちらに行くでしょう」
英津子医師は、初期研修を終えた後すぐに美容医療に進む「直美(ちょくび)」の医師を含め、保険診療で研鑽を積まずに自由診療の世界に入る若手医師が増加する背景に、保険診療だけでは十分稼げない医師の実情を指摘する。
「20代の勤務医の場合、どんなに頑張っても年収1000万円を超えるのは難しい。手取りから時給換算すると飲食店のアルバイトよりも安いという未来を考えて、自由診療に逃げたくなる若い先生の気持ちも分かります。医師の倫理感だけで保たれてきた日本の医療は限界に来ている。努力・労力に見合った報酬が得られず、患者さんから訴えられるリスクも考えると、保険診療は割に合わない。そういう状況が『直美』にも関係していると思います」
美容医療などの自由診療を医師の「逃げ道」にさせないためには、医師の労力に見合った年収を保険診療で十分稼げる環境をつくる必要がある。形成外科学会の専門医などの資格を持つ幹弥医師は、トレーニングを積んで専門医資格を取得した医師と、そうでない医師との間で診療報酬に差をつけるべきと指摘する。
「米国では専門医を取得すると収入が大幅に増えるシステムになっています。日本でも、専門医を取得した医師が手術をした場合は保険点数を上乗せするといった診療報酬体系をつくれば、頑張った人ほど収入が増えるシステムになります。『直美』を可能とする仕組みを見直し、専門医制度に基づく適正なルールを整備することが必要ではないか」
同一法人が複数のサイトを運営、野放し状態のオンライン診療
オンライン診療に参入する企業の問題については、医療機関と提携して合法性を装いながら医師を組織化し、フォローアップも不十分な医療を展開するケースなどが指摘されてきた。オンライン診療ビジネスには医療法人のほかに、ITスタートアップ、ECサイトの運営会社、人材サービス会社などマーケティングのノウハウを持つ多様なプレイヤーが参入しており、消費者は運営主体を見分けにくい。
より実態が見えにくいのは、同一の医療法人や同一の医療法人グループが複数のオンライン診療のウェブサイトを運営しているケースだ。処方内容に大きな違いはないのにサイトごとに料金体系が異なり、ネット・SNS広告を見ただけでこれらのサイトを同一法人、同一グループが運営していることに気づくのは難しい。治療費の異なるオンライン診療をわざわざサービス名を変えて展開するのは、患者を広く囲い込んで最安の治療に誘導する販売戦略にも見える。
オンライン診療に関するトラブル・健康被害が相次ぐ状況を受け、厚生労働省はオンライン診療の法整備に動き出した。これまでガイドラインで運用していたオンライン診療を医療法に位置づけ、オンライン診療を実施する医療機関が基準を遵守しているか都道府県が指導監督できるようにする医療法改正案をまとめ、2025年2月に国会提出した。
医療問題に詳しい山田瞳弁護士(のぞみ総合法律事務所)は、法改正が実現すればオンライン診療に対して当局の監督が及ぶようになるものの、改正案は、営利企業がオンライン診療ビジネスに参画すること自体を規制する内容ではないとする。
「オンライン診療そのものやオンライン診療を受ける施設を提供する事業者をきちんと法律で定め、そこに法律による指導監督が及ぶようにするのが改正案の趣旨です。医療関係者の間で懸念されているのは、営利法人が医療を実質的にコントロールしているところだと思いますが、そこに踏み込んで規制する内容にはなっていません。営利企業が医療機関と提携してオンライン診療に参画することが事実上許容されている状況には特段の影響はないと思われます」
