当時、少女監禁事件として世間の注目が集まっていた
というのも、00年1月に新潟県で、少女が9年2カ月にわたって監禁された事件が発生しており、同事件の一審判決(懲役14年)が、この2カ月前の02年1月に出たばかりだった。その余韻の残る時期に発生した少女監禁事件に、世間の注目が集まっていたのだ。
しかも、松永と緒方はこの時期、黙秘を通しており、本名不詳の「男」と「女」としか発表されていなかった。そのため、逮捕された男女について尋ねた際に、マスターは次のように言う。
「どんなって、女の方は普通のおばさんっちゅう感じよ。身長は150ちょっとで中肉中背。地味な恰好で、髪の毛とかは肩につかんくらいの長さで普通やし……。男の方は髪が短めで、身長は170より少し低いくらい。中肉中背でトレーナーとかの恰好が多かったね。なんの商売をやっとるかわからん雰囲気があったけど、見た目はサラリーマン風。警察が確認のために持ってきた写真はスーツ姿で七三分けの髪形の写真やったよ」
そう口にしたマスターは、1999年にママが地域の組長になった際、事件現場となったこのマンション30×号室の世帯票を見ていると話す。そこには「橋田由美(仮名)」と「橋田清美」と名が記されており、年かさの由美さんが昭和35年(60年)生まれ、少女である清美さんが昭和59年(84年)生まれだった。後に判明するのだが、世帯票に出てきた橋田由美さんとは、偽名を使った緒方ではなく、実在する少女の父の姉(伯母)の名前である。
「3階から上の階で肉が腐ったような臭いがするようになった」
やがて、Yに60年配のママが顔を出した。そこで彼女が口にしたのは、後に発覚する大量殺人を予見させる内容の体験だった。とはいえ、もちろんこの時点で私を含む報道関係者たちは、事件が大量殺人に進展していくことなど、想像すらしていない。ママは言う。
「たしか5、6年前やったんやけど、深夜に1時間くらい、ギーコ、ギーコっち感じで、ノコギリみたいなのを挽く音が上の部屋から響きよったんよね。それで、なんの音かねえっち言いよったら、しばらくしてから、3階から上の階で肉が腐ったような臭いがするようになったの。もう、鼻が曲がるような臭い。その臭いが2、3年くらい続いたかねえ。とくに夏場になるとひどくなったんよね」
私はそのような状況を、住人の誰も問題にしなかったのかと質問した。だがママによれば、「同じ階の××さんが警察に話したが、取り合ってもらえなかった」とのことだった。
当該の部屋には少女が住んでおり、肉親か親戚かは判然としないが中年の緒方と同居している。ちなみに、誰もが緒方こそが橋田由美という名前だと勘違いしていた。そうした諸々の事情が周囲の判断を狂わせていたに違いない。ママは続ける。
「いつやったかね、たしか1、2年前やったと思うけど、やっぱり階段の2階のところがオシッコでビショビショになっとるときがあってね、そこから大人の男の足痕が上の階に向かっとるのよ。それでね、その足跡が30×号室まで続いとったわけ」
そこは松永と緒方のいる部屋である。
