大量殺人が徐々に明らかになっていく中で

「私が部屋に行ってドアをドンドン叩いたんよ。そしたらね、ドアが開いて、捕まった女(緒方)が顔を出したの。で、『階段にされたオシッコから足跡がこの部屋にまで続いてるんですけど、いったいどういうことですか?』と問い詰めたわけ。その時よ、あの捕まった男(松永)が顔を隠してササーッとトイレに逃げ込んだんよね。で、女は部屋の奥におった5歳くらいの男の子を呼んで、『あんたがしたんやろう』っち、頭をバーンと叩いたんよね。でも足跡は明らかに大人のもんで、私もほんとは納得いかんやったんやけど、さすがにそれ以上は言われんやない。やけ、それでこっちも引っ込んだんよ」

 Yのママにこの話を聞いた翌日の3月11日、福岡県警小倉北署内に捜査本部が設置された。それは「北九州市小倉北区内における少女特異監禁等事件」捜査本部との名称で、98人態勢によるものだった。じつはこの際に、福岡県警担当記者の多くは、監禁被害者だった清美さんが、実の父親が男女2人に殺害されたと話していることを嗅ぎつけている。

 だがそれも序の口に過ぎない。そこから時間をかけて、稀代の大量殺人が、徐々に明らかになっていくのである。そうした流れのなかで、Yのママが何気なく口にしていた言葉が、深い意味を持つようになっていったのだ。

ママが亡くなり、Yは閉店へ

 今回、私は冒頭の報せを受け、閉店を決めたYを訪ねている。扉には以下の文言を綴った紙が貼られていた。

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〈お知らせ 開店36年を迎えましたが、この度今年6月に閉店する事になりました。いままでご来店いただきありがとうございます。店主〉

スナックの外観

 私はドアを開け店内に入る。

「おう小野さん、久しぶりやねえ!」

 マスターは私の姿を見ると声を上げた。そこまで頻繁というわけではないが、北九州市で近くに来る機会があれば、Yを訪ねていた。そのため、今回も2年ぶりの訪問である。

「まあね、ママも亡くなったしね。これを機会にのんびりしようと思ってね……」

 まずお悔やみを告げてから、6月にYが閉店してしまうことに触れると、マスターは明るく言った。聞けば、開店して36年間にわたり、ほぼ無休で店を開けていたという。

スナック店内の様子

「いまはもうあの事件についても、知らん人が増えとうからね。店で話題に出ることもほとんどないよ。あの事件が起きて1カ月くらいは、マンションのまわりに警察が規制線を張っとったでしょうが。その頃はお客さんも取材の人がほとんどよ。テレビなんかは、レポーターの人が話し終えたら、小一時間で帰って行くのよ。けど小野さんとか雑誌の人は長っ尻やったね。ずーっと飲んどる。あと、検察の人とかも店に来たねえ。ママに話を聞くためやったけど、警察に話したことの内容が違わんかどうか、一字一句をちゃんと確かめよったね。昼間に4時間か5時間おったんやないかねえ」