ノンフィクション作家の千本木啓文(ひろぶみ)氏は、日本農業新聞の記者を経て2014年に「週刊ダイヤモンド」の記者に転身。徹底取材によって明らかになった、JAグループの深い闇とは――。
ここではノンフィクション作家の清武英利氏が異色の経歴を持つ記者たちの生き様を描いた連載「記者は天国に行けない」を一部抜粋して紹介する。
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転職から2年、千本木は「儲かる農業」という特集を始める一方で、関西の米卸会社を訪ね回っていた。
関西ではJAの米の安売り合戦が過熱していた。プライスリーダーとして適正価格で売られるべきJAグループの米が、スーパーなどでは通常の半値だった。表向きは「目玉商品」だが、米卸もスーパーも儲けの出ないはずの、投げ売りに近い値段である。取材してみると、産地偽装米の疑惑に突き当たる。
「品質の悪い米や外国産米を混ぜて卸価格を下げているのではないか」
と複数の関係者が言う。偽装米は品質の低下を招くだけではない。安くまずい米は消費の減退に直結するので、農業者にとって、それは二重の自殺行為である。
普通の記者ならここで、取材した情報を監督官庁の農水省などにぶつけ、当局の動きを待つところだ。一般紙の記者は警察回りからスタートして市政、県政を担当しながら取材のイロハを学んでいく。そうした“刷り込み”もあって、当局頼みの安全確実な取材に傾きがちなのである。だが、千本木は、それでは時間がかかり過ぎるし、生ぬるい農水省の調査では真相に届かないのではないか、と考えた。
彼がやったことはもっと直接的で、調査報道の原点のような手法だった。
驚きの検査結果
取材で得た情報をもとに、2017年1月、疑わしいと思われたコシヒカリを大量に購入し、国内最大規模の産地判別検査機関である同位体研究所に検査を依頼したのである。同研究所は、検体の組織中の元素の安定同位体(同じ元素でありながら、わずかに重さの違うもの)の比を調べる手法で、2009年以降、1000件以上の精米の産地判別を行っていた。
2週間後に検査結果が出た。送付されてきた報告書を読んで、彼は目を疑った。
JAグループ京都の米卸会社「京山(きょうざん)」が精米、販売した4袋(4銘柄各8キロ)のうち、「滋賀こしひかり」について、「10粒の検体のうち6粒が中国産と判別された」とあったからだ。
さらに、▷「新潟県魚沼産こしひかり」は「10粒中4粒が中国産。本検体の安定同位体比値は、魚沼産コシヒカリの安定同位体比値群と合致せず、他府県産である可能性が高い」▷「京都丹後こしひかり」は「10粒中3粒が中国産」▷「新潟産こしひかり」は「10粒中10粒が国産と判別された」――などという結果が出た。判別精度は92.8%である。