この結果をもとに、彼はJA京都中央会に質問状を送って反論を得、弁護士に相談したうえで、翌月の週刊ダイヤモンド誌上に〈産地偽装疑惑に投げ売りも JAグループの深い闇〉というタイトルで、キャンペーンを始める。

〈本誌はJAグループ京都の米卸が販売するコメの産地判別検査を実施した。その結果、「滋賀産」や「魚沼産」として販売されていたコメに中国産が混入している疑いがあることが分かった〉

 こんな前文に続いて、検査結果とそれが意味する産地偽装疑惑を4ページにわたって詳報した。さらに、「魚沼産コシヒカリはいまだに偽装まがいが横行しており、しかもその仕業がJAグループによるものだとすれば、怒りを通り越して悲しくなる」という農家の声を取り上げた。

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真の敵は誰なのか?

 彼らの報道を細かく記したのは、当局の支えがない調査報道はどうあるべきなのか、示唆に富む内容を含んでいるからだ。米の安売り合戦は多くの人々に知られていた。だが、そこに疑問を感じた記者はどれだけいたか。さらに、卸売業者の過当競争や偽装米疑惑、さらには米離れや食糧危機にまで結び付けて考えた記者がどれだけいただろうか。

※画像はイメージです

 それをつかんだとしても、多くの記者は上っ面をなぞって終わってきたのではないか。つまり、固有名詞を抜いた漠然たる偽装米疑惑を報じるだけで特ダネを書いたつもりで満足するのではないか、と私は思う。徹底的に追及すれば卸売業者からの抗議や訴訟に発展しかねない事情もある。

 実際に、この記事を巡ってダイヤモンド社と千本木らはJA京都や京山、全国農業協同組合連合会から6億9000万円の損害賠償請求訴訟を起こされ、4年間も争っている。千本木は農協関係者から「裏切り者」とも「パブリック・エネミーズ」とも呼ばれていたという。

 パブリック・エネミーズとは大恐慌時代の米国で、大胆な銀行強盗を繰り返したジョン・デリンジャーのことだ。2009年にジョニー・デップの主演で映画化され、改めて話題になった。当時の司法省捜査局長官は、デリンジャーを「公共の敵」と呼んだというが、産地偽装疑惑の「公共の敵」とは果たして誰なのだろうか。

※本記事の全文(約11000字)は、「文藝春秋PLUS」でご覧いただけます(清武英利「記者は天国に行けない 第15回」)。「文藝春秋PLUS」では、本連載「記者は天国に行けない」の全てのバックナンバーをお読みいただけます。

■「記者は天国に行けない」
第1回 源流の記者
第2回 アパッチ魂
第3回 第一目撃者
第4回 文と度胸
第5回 悪郎伝
第6回「墓場に持って行かせるな」30年を超えて暴かれた電力業界の闇
第7回 執着の先のバトン 孤独な調査報道を結実させた記者たち
第8回 母は無罪だった 警察発表は疑いながら聞くものだ——オンライン記者が嚙み締めた教訓
第9回 畳の上で死ねなかった人々
第10回 赤旗事件記者
第11回 「たたずまい」の現在地
第12回 くちなしの人々
第13回 密やかな正義
第14回 メディア渡世人
第15回 パブリック・エネミーズ
第16回 朝駆けをやめたあとで
第17回 わたしは告発する
第18回 弱い人を台なしにしやがるのは人間どもだ
第19回 「捜査の職人」の遺言
第20回 時代の“斥候”
第21回 ローリングストーン
第22回 座を立て、死角を埋めよ
第23回 「やるがん」の現場へ
第24回 情けをかけてはいけません
第25回 辞表を出すな
第26回 奇道を往く
第27回 スカウトは獲ってなんぼや
第28回 それが見える人
第29回 誰も書かないのなら
第30回 OSが違っていても
第31回 志操を貫く
第32回 曲がり角の決断
第33回 告発前夜
第34回 独裁者の貌
第35回 悪名は無名に勝るのか
第36回 おかしいじゃないですか
第37回 再起への泥濘(ぬかるみ)
第38回 なんとかなる

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