驚かせるだけではなく、「おもてなし」の精神で

――阿部さんのこれまでの作品は、「予想を裏切る」展開で、読者を大いに驚かせてきたことも特徴だと思うのですが……。

阿部 それが、今は「やりすぎたな」と反省していまして……(笑)。同じようなモチーフでも『烏に単は似合わない』の時には、どうしても賞を獲りたい、作家デビューしたいという気持ちが強くて、読者の方を傷つける方向に行ってしまったとは、自分でも分かっているんですね。デビューして10年以上が過ぎ、もう私は傷つけるばかりではなく、読者をおもてなしすることもできるようになったかな、と(笑)。

 どんでん返しが持ち味になってしまうと、読み手側に「どうせひっくり返るんでしょう?」と思われて、逆に意外性はなくなってしまいます。もう私のこれまでの手法は、私のファンになって下さった方には通用しないんですよ(笑)。だから『皇后の碧』は、適度に謎解きの要素をまじえつつも、読者の方を王道でもてなすつもりで書きました。ただ「八咫烏シリーズ」はもう何をやっても手遅れというか、今からのおもてなしはどうあっても不可能なので、最終巻まで諦念込みで突っ走っていきます(笑)。

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デビュー作の『烏に単は似合わない』から続く「八咫烏シリーズ」は240万部を突破

 一方で、阿部智里ならではの作家らしさというものもあるべきだとは思っています。作品の中に何かしら、私なりの問いかけがあることがそれにあたるかな。たとえばアール・ヌーヴォーというモチーフにしても、最初は無邪気に女性が主役の時代だと捉えていたんです。ところが調べていくうちに、あの時代は女性の身体というもの、女性の美しさというものを利用し、消費していた側面もあったことに気付きました。その時点で、アール・ヌーヴォーを私の視点で解釈して描くならば、この問題点を無視することは出来ないと思いました。単に女性達の活躍を描いて満足するのではなく、消費する側、される側の問題意識も含めて、女性を描かなければならないと思ったんです。

 

 ネタバレになるので詳しくは話せませんが、作品の根本となる大きなテーマに関しても、当初は時代遅れのものかもしれないと考えていました。誰もが分かり切っていることだけど、大事なことだから何度言ってもいいだろうとプロットを組んだつもりだったんです。ところが構想を温めている10年間の間に、世界情勢のほうが大きく変わってしまった。とっくに分かり切ったはずだった原理原則、時代遅れのはずだったテーマに、まったく意図していなかった現代性が生まれてしまったんです。不思議な偶然ではありますし、素直に喜べない話ではあるのですが、新刊としてこのタイミングで世の中に送り出せたというのは、大きな流れの中で、私個人では抗えない必然的な何かがあったようにも感じています。