デビュー作『烏に単は似合わない』以来、絶大な人気を博している「八咫烏シリーズ」の作者・阿部智里さん。このたび、謎が謎を呼ぶ新たな物語『皇后の碧(みどり)』を上梓しました。

 本作品の完成までの道のりと、ちりばめられたモチーフの深層、そして作家として次のステージへ……飛翔を続けるファンタジー作家に迫ります。

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アール・ヌーヴォーが新しい世界のモチーフに

――新刊『皇后の碧』の刊行までにはずいぶん長い時間がかかったそうですね。

阿部 アリバイというか、最初のプロット(構想)が記録として残っているのは2016年なんです。でも、その前に何度か打ち合わせもしていたはずなので、ひょっとしたら10年近くの時間をかけて、2025年5月末にようやく発売となりました。

2025年5月29日発売の『皇后の碧(新潮社)』

――日本神話に登場する三本足の烏たちが主人公の「八咫烏シリーズ」に対して、今作は、「風」「火」「水」「土」という四大元素をもつ精霊たちが主役です。表紙の印象や登場人物たちの名前から見ると、西洋風のファンタジーなのでしょうか。

阿部 私としては東洋ファンタジー的な要素もかなりあると思っています。そもそも、最初の頃は中華ファンタジーにしようと考えていたんです。でも、中華ファンタジーは以前から大変な人気があり、素敵な先行作品もたくさんあります。果敢に挑戦されて新しい中華ファンタジーを産みだされるすごい作家さんもいらっしゃいますが、私にはそんな自信はなく、今から挑戦しても、きっとどこかで見たような設定になってしまうだろうと思いました。ならばいっそ、私だからこそ書ける新しいファンタジー世界に挑戦しようと模索した結果、「アール・ヌーヴォーを自分なりに解釈した世界」に辿り着いた感じです。

 ファンタジーというものは、何でも好き勝手が出来るように見えて、実は一から創り上げたオリジナル設定だと、読者はなかなかついてきてくれません。何だか馴染みがある気がするけれど、初めて見たという感覚になるくらいの塩梅が私の理想なんです。19世紀末から20世紀初頭にかけて大流行したアール・ヌーヴォーは、非常に視覚的で、今の人に対してもすごく魅力的な美術様式なんですよね。実際に日本でも関連する展覧会が頻繁に開かれますし、ミュシャ展だけでも何度も開催されています。

 アール・ヌーヴォーという風潮は、美しくありさえすればいい……それが商品宣伝、いわば広告のためでしかないと一時期批判されたこともあったようです。けれど、美しいものは力が強くて、時代を越えて人々を惹きつけてやみません。『皇后の碧』の中でも「創造手はただ『美しくあれ』と命じた」と書きましたが、作品の中で美しさとは何かを考えることが、アール・ヌーヴォーを私なりに書く上で、取り組むべきテーマのうちのひとつだったんです。