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巨大国家プロジェクト“遷都”を取り巻く人間ドラマ

近江俊秀が『平城京』(安部龍太郎 著)を読む

2018/07/04
『平城京』(安部龍太郎 著)

 平城遷都をめぐっては賛成派と反対派との対立があったらしい。『続日本紀』には、そのことを臭わせる記事がいくつかある。ただ、この歴史書はその時の出来事を淡々と記すのみで、対立の具体的な内容は記されていないし、当時の人々が遷都についてどう思っていたかも記されていない。

 和銅元年(七〇八)二月一五日の元明天皇の遷都の詔には、遷都に後ろ向きな言葉がみえ、『万葉集』には飛鳥を去りがたい気持ちが強く表れた元明天皇の歌もある。女帝は遷都に消極的であった。そして、平城遷都がなった時、藤原仲麻呂と並ぶ大官であった左大臣石上麻呂は、藤原京の留守を命じられた。麻呂は壬申の乱の時、最後まで敗者・大友皇子に従った人物である。遷都反対派の巨魁は石上氏一族だったのだろうか。

 この小説は『日本書紀』や『続日本紀』にみえる断片的な記録から白村江の戦、そして壬申の乱という歴史的な大事件により生まれた複雑な人間関係が、平城遷都をめぐる一連の抗争の深層にあったという壮大な歴史エンターテインメント小説である。

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 この小説の魅力のひとつは、主人公の阿倍船人という架空の人物と、彼を取り巻く実在の人物群との関係にある。船人は粟田真人や阿倍宿奈麻呂といった人物たちにより政界の情勢を知り、行基らにより庶民や百済からの亡命者の世界などを知る。船人の目の前で繰り広げられた世界とは、様々な身分や立場の人がからみあった、古代の人間ドラマなのである。そして、政治に翻弄されながらも、困難を乗り越える度に多くの人たちの信頼を得、着実に事業を進めていく船人の姿。記録には残されていないが、こうした無名の人物が遷都という巨大国家プロジェクトの裏側にいたことは紛れもない事実である。この小説は、ストーリー展開の面白さもさることながら、政治家だけではなく、当時を生きた様々な立場の人の目線で歴史を想像することの楽しさも教えてくれる。

あべりゅうたろう/1955年福岡県生まれ。図書館勤務などを経て作家デビュー。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞、13年『等伯』で直木賞。『血の日本史』『関ヶ原連判状』『家康(一)自立篇』など著書多数。

おおみとしひで/1966年宮城県生まれ。奈良大学卒業。古代交通史研究者。著書に『道が語る日本古代史』『平城京の住宅事情』など。

平城京

安部 龍太郎(著)

KADOKAWA
2018年5月31日 発売

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