朝ドラ『あんぱん』の脚本を中園ミホが手がける。これは凄いものになるぞ。

 中園は『花子とアン』で普通の人びとが戦争に向かっていかに熱狂したかを描いた。軍部や政治家よりも“庶民”はお国の勝利と敵の殲滅をときに欲した。

 ヒロイン朝田のぶ(今田美桜)は高知の小さな町で石材店を営む朝田家の三姉妹の長女だ。脚が速くて元気で正義感に溢れた子だ。小学二年生のとき転校してきた柳井嵩(北村匠海)は優しい男の子で、のぶと性格は正反対。そんな二人が少しずつ距離を縮めて成長していく。

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今田美桜 ©文藝春秋

 一九三六(昭和十一)年、のぶは女子師範学校に入学、軍国教師(瀧内公美)から厳しい指導を受ける。翌年、嵩は東京の高等芸術学校の図案科に入学。

 そして第六週。日中戦争勃発。石材店で、のぶの祖父、釜次(吉田鋼太郎)を支える原豪(はらごう/細田佳央太)に召集令状が届く。次女の蘭子(河合優実)はひそかに、寡黙で誠実な豪に想いを募らせていた。壮行会の途中で座を外す豪を見て、蘭子は後を追い「きっともんて(戻って)きてよ」。豪は「無事もんてきたら、わしの嫁になってください」と応じる。母の羽多子(江口のりこ)が蘭子に着替えを渡して、この夜だけは二人で一緒にと送りだす。

 心を掴まれた。ネット上には“大号泣”や“神回”の文字が溢れた。日本中が涙したは大げさだが、多くの視聴者が劇中で、あまり言葉を発しない蘭子の絞りだすような愛情の告白と、河合優実の目の表情と所作にやられた。

 そして。昭和十四年に豪の中国戦線での死の報せが届いた。蘭子は、豪の位牌に毎晩向かい「豪ちゃん、お腹空いたねえ」と放心状態で語りかける。

「豪ちゃんのお嫁さんになるがやき、もんてきてよ」その一念で待っていた蘭子にのぶは、豪は立派で「誰よりも誇りに思ってやらんと」、そんな通り一遍の言葉を投げかける。この瞬間、もの静かな姉思いの妹の感情が昂まった。本気でそう思ってるのか。子供らにもそう教えるのか。苦渋を押し隠しながらも、姉は「そうながよ」と答える。

 口数少ない蘭子が「そんなの嘘っぱちや!」と叫んだ。怒りを哀しみを爆発させた河合の演技に、誰もが胸を打たれた。主役食い、という言葉もあがり、今田美桜はさぞ辛いだろう。

 しかしヒロイン今田には苦難がまだ待ち構える。子供たちに「お国のためにご奉公しなさい」と言ったのぶは、敗戦をどう受け止めるか。あれは軍人さんに無理やりさせられたから。そんな安易な台詞を、中園は用意しないだろう。でも視聴者と蘭子たちの両方を、じんわり納得させる演技がなければ、ドラマは偽善に映る。今田美桜、ここからが勝負だ。頑張ってな。

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『あんぱん』
NHK総合 月~土 8:00~
https://www.nhk.jp/p/anpan/ts/M9R26K3JZ3/