バラエティ番組への出演が転機に
「あまり自分を知られたくない」とは自信のなさゆえであったのかもしれない。前出のエッセイ集『じんせいに諦めがつかない』では、学校に通っていた頃から成績もそこそこで、クラスでの序列も中の中あたりで、自分に自信を持つきっかけもなく、ほどほどに成長してきたと書いている。
そんな彼女が役を離れ、素に近い姿も見せるようになったきっかけは、おそらくトークバラエティ『A-Studio』で2016年4月より1年間、MCの笑福亭鶴瓶のアシスタントを務めたことだろう。それまでバラエティ番組は未経験だった彼女は、オーディションでプロデューサーに「人と会って話すのは苦手なんです」と正直に話したので受からないだろうと思っていたら、合格したという。
『A-Studio』ではマイペースながらも、しっかりと話し、鶴瓶とゲストとのトークにも積極的に参加した。俳優としてもトークの内容から学ぶことも多かったようだ。
《番組内で聞いたみなさんの様々な考え方が、今、私のなかにどんどん蓄積されています。俳優さんの演技への取り組み方もそれぞれで、お話を聞いていくなかで、お芝居に対する考え方も変わっていくんだろうなと思います。この番組で吸収したことを、自分自身は見失わずに出していきたい。「早く演技がしたいな」って、演技欲が湧いています》(『日経エンタテインメント!』2016年7月号)
達人芸を次々習得する「ワイルドスピード森川」が大きな話題に
このあと、2019年5月より5年にわたって『それって!?実際どうなの課』にレギュラー出演し、スタジオでのクロストークやロケ企画にも参加したりと、さらに本格的にバラエティ番組の現場を経験する。これは内向的だった性格を変える転機にもなったらしい。
《番組に出演している方々と定期的に会ったり、番組の中で笑い合ったり、気の利いたコメントを言ったり。最初はつらかったけど、ネガティブに捉えていても何も生まれないし、状況が変わるわけでもない。ならば、「何とかなる」「もうやるしかない」。そう思うようにしたら、意外といけちゃうことに気づきました》(『日経マネー』2024年9月号)
『どうなの課』ではとくにロケ企画のコーナーで新たな才能を開花させた。そこで森川は、皿回しやシャボン玉、ヨーヨー、ダーツ、ビリヤードなどなど、その道の達人に教わりながら難易度の高い技に挑戦しては、ことごとく短時間のうちに成功させてしまう。バラエティの本道は、タレントが失敗を繰り返す様子を見せることにあるのに、彼女はあまりにも習熟するまでのスピードが速すぎると「ワイルドスピード森川」の異名が与えられた。この活躍から、彼女のSNSアカウントへの登録者数も急増したという。
ただ、本人に言わせると、自信がないのはあいかわらずだった。ロケではいつも挑戦するたびに「できる! 私にはできる!」とつぶやいていたが、これも自信がないからこその発言であったという(前掲『じんせいに諦めがつかない』)。




