アメリカの制裁による存亡の危機
ICCは、戦争犯罪や人道に対する罪などを行った個人を、ローマ規程(「国際刑事裁判所に関するローマ規程」という名称の国際条約)による国際的法枠組にもとづいて訴追・処罰することをその使命とする裁判所です。設立は2002年。オランダのハーグに本部があり、現在、125カ国が締約国となっています。日本は2007年にメンバーに加わりましたが、アメリカ、中国、ロシアなどは締約国ではありません。
日本はICCに加わって以来、一貫して裁判官を送り出してきたほか、締約国中最大の資金を拠出するなど、その活動を強く支援してきました。私は2018年3月から裁判官を務めています。日本人として3人目になります。
目下、ICCが直面している最大の問題は、アメリカによる制裁です。もし強い制裁が発動されれば、活動の継続が事実上、不可能になる恐れがある。まさに存亡の危機と言える状況なのです。
2025年2月6日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、ICCへの制裁(特に職員や関係者への制裁)を可能にする大統領令に署名しました。パレスチナのガザ地区における戦争犯罪などの容疑で、イスラエルのビンヤミン・ネタニヤフ首相、ヨアヴ・ガラント前国防相に対してICCの予審第一部が逮捕状を発付した(2024年11月)ことに対抗した形でした。イスラエルを支持するトランプ氏は、ICCの決定に強く反発したのです。その後、2月10日には、カーン検察官が制裁の最初の対象者として指名されています。
大統領令の内容は、経済的な制裁が中心ですが、法的文書としては非常に概括的かつ曖昧な規定ぶりであり、また、いつでも一方的に対象の範囲を広くすることが可能です。ICCの全職員に対して、アメリカ国内の資産凍結、アメリカへの渡航禁止、アメリカ企業との取引禁止を科すことができるだけでなく、近親者、代理人、ICCの捜査に協力した者、制裁対象者に商品やサービスを提供した者にまで何らかの制裁や罰を加えることを視野に入れた規定となっています。
また、個人も団体も、ともに対象になるとしている。その気になれば、際限なく範囲を拡大でき、ICCそれ自体さえ制裁対象にしうるのです。他方、アメリカ人やアメリカ企業は制裁の対象とならないものの、制裁対象にサービスを提供するなどした場合、アメリカ法に基づいて刑事処罰の対象になりえます。

