もしICCそのものが制裁対象になったら

 既にICCの内部では大きな影響が出ています。カーン検察官はアメリカへの入国ができなくなったほか、ICCのITCシステム(アメリカ企業の協力によって構築されたもの)へのアクセスができなくなりました。彼のオランダ以外での銀行口座も使えなくなり、他国への送金さえできません。そのため、彼の部下たちは電子データを紙のコピーに代えたり、彼のセキュリティ強化にも力を入れざるを得ず、業務量が増えています。

 また、二次的な制裁対象になることを恐れて、ICCとの取引を停止する企業も出始めています。大統領令の内容が曖昧で制裁対象が広範になりうるため、企業側に過剰な警戒心が生まれているからです。今の段階でも、制裁対象となったカーン検察官がトップを務める検察局の捜査には多大な影響が出ているのですが、もしも追加制裁がなされれば、裁判業務にも支障が出てくるでしょう。ICCの先行きを悲観して離職する職員も出始めています。

 今後考えられる最悪のケースは、ICCそのものが制裁対象になる場合です。そうなれば、世界中のあらゆる銀行や企業がICCとの取引をストップさせる可能性があります。職員に給与が払えなくなり、組織のあらゆる機能がマヒするかもしれない。

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 ウクライナやアフリカに設置している捜査や公判のための事務所にも送金できなくなるでしょう。また、先に述べたようにICCのITCシステムはアメリカ企業によるものですから、これが維持できなくなり、電子データの保管にも問題が生じるかもしれない。武装組織などから危害を加えられないようICCで保護している被害者や証人たちの安全が確保できなくなる心配もあります。裁判自体に支障が出るようなことがあれば、拘束している被疑者や受刑者を釈放せざるをえなくなるかもしれない。過去に出した逮捕状も、実質的に意味のないものになる。もはやICCはつぶされたも同然になります。

『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』(文春新書)

[i]付託とは一定の地域、時期に関してICCの管轄権の範囲内にある犯罪について、責任を負う個人がいるか捜査してほしいという法的かつ正式な要請。その付託の対象となる一定の地域、時期を、「事態」という言葉で表すと考えてください。例えば、「2022年以降のウクライナにおける事態について付託する」などといえば、2022年以降、ウクライナで起きたロシアとの武力紛争下で侵されたICCの管轄犯罪である中核犯罪(戦争犯罪など)について該当する事実があれば、捜査・訴追してほしいと正式に要請する、という意味で使うことができます。

次の記事に続く プーチン大統領への逮捕状発付の余波は今も。「旧ソ連諸国の上を飛ぶ南回りは危ないから、北回りのルートで帰ってくれ」