字幕翻訳デビューの『地獄の黙示録』には特別な愛着があるけれど……

――ではこれまで手がけた1500本の字幕翻訳のなかで、戸田さんにとってのナンバーワンを決めることもできませんよね。

戸田 そうですね。それはモーツァルトに自分の作曲した曲のなかでどれがベストかと聞くようなものです。

 どの作品にも思い出があり大事に思っていますが、20年間の下積みの後、字幕翻訳デビュー作となった『地獄の黙示録』には特別な愛着があります。ただ、この作品と同じくらい好きな作品や大事な作品もあるので、「ナンバーワン」は決められません。

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――『地獄の黙示録』はフランシス・フォード・コッポラ監督にとっても、映画史にとっても、かけがえのない素晴らしい映画でした。

戸田 映像が本当に美しいですよね。今ならほぼCGで作るところも、当時は実写で撮影しているので、迫力がありました。オープニングでジャングルが炎に包まれるシーン、ヘリコプターで上空から攻撃に行くシーン、最後に「恐怖……恐怖……」と口にするマーロン・ブランドのわけのわからないシーン(笑)など、いずれも鬼気迫るものがあります。あの作品の後、CGが台頭してきて映画制作は大きく変わりました。

『地獄の黙示録』は映画史のなかで、人間が手作りしたスペクタクルの最後の作品という意味でも歴史に残る映画だと思います。

 

映画館に足を運び、スクリーンの大音量で観る時間と経験は絶対に必要

――CGの技術革新によって昔は表現できなかった画も作れるようになったという利点もありますが……。

戸田 確かに派手でインパクトのある映像は増えたと思います。でも刹那的というかゲーム感覚のような印象が拭えません。その場は楽しんだり驚いたりしても、すぐに忘れてしまう。印象に残る映像というのは、自分で映画館に足を運び、スクリーンの大音量で観るという時間と経験が絶対に必要だと感じます。

 たとえば、『アラビアのロレンス』をスマホで2倍速で観て、「映画を観た」とは言ってほしくない。あの砂漠は、大画面でいい音響で観なければ、制作者にも失礼です。3時間超えの長い映画ですが、途中で区切ることなく襟を正してちゃんと観ることが制作側への最低限の礼儀だと思います。

――戸田さんも試写以外に映画館へ映画を観に行かれることは多いのですか?

戸田 もちろん行きますよ。私は英語字幕しかやりませんから、フランス映画や韓国映画などは映画館へ観に行きます。自分で字幕翻訳を手がけた作品でも、家の小さい画面でしか観ていないので、IMAXで観たい作品は劇場に足を運びます。

 コッポラは『メガロポリス』をIMAXのみで上映すると言っていましたから、公開されたら観に行きたいですね。トムの映画もそうですが、IMAXで観て最高の状態になるように考えて作られている作品は、映画好きならぜひIMAXへ観に行ってほしいです。

 制作側にも「映画館に行きたい」と思うような面白い作品を作ってほしいですね。映画が面白い、映画館に来てよかったと思われるような作品を作らない限り、映画館離れは解消されないと思います。