――言葉を通じて、皆さんに伝える仕事をされてきたおかげで、ハリウッドの俳優や監督とプライベートでも親交を深くされています。
戸田 それは違います。私は時代の成り行きで通訳もやったので、ご本人と接する機会が多かった、というだけです。普通は字幕翻訳家が現場の人たちと直接接触することはありません。
字幕の翻訳と通訳は全く違う仕事ですし、どちらかの仕事がどちらかを補うというものでもありません。
「この映画は今日だけ」という覚悟を持って映画を観た昔
――字幕翻訳家を目指す方も増えているようですが、戸田さんからアドバイスをお願いできますでしょうか。
戸田 もちろん映画を愛していなければ話になりませんから、まずは昔のものからちゃんと映画を観て勉強していただきたいです。今は、配信でどんな昔の映画も観られますよね。こんな贅沢は今の時代だからできることです。
私が映画をよく観ていた学生時代には、まだDVDも、VHSのカセットもなく、映画館でかかる映画を「この映画は今日観るだけ」と切ない気持ちで観に行ったものです。たとえば、当時人気があったモンゴメリー・クリフトの映画を観に行くときは、「今日この映画館のこのスクリーンでだけしか会えない」というある種の覚悟のようなものをもって映画館に行きました。
今は配信で、好きな時に好きなだけ映画が観られる時代なのに、映画を勉強する人たちは誰も昔の映画を観ていない。映画学科ですら、「モノクロは色がないからつまらない」という学生もいるそうです。
ぜひ、『第三の男』のようなモノクロの素晴らしい作品を観て、映画を鑑賞する目、心を養ってほしいと思います。
――字幕翻訳には英語よりも日本語が大事ともおっしゃっています。
戸田 日本語は非常に大事です。もちろん英語は勉強しなくてはいけませんが、それよりも、日本語の語彙を増やしていくことが大事です。そのためには、いい本を読むこと。日本語を上達させる一番いい方法は本を読むことです。聞いているだけでは、いい日本語は入ってきません。本を読んで語彙を増やし、いい日本語がどういうものかということをちゃんと考える。それが字幕翻訳者になるためには、必要だと私は思っています。
撮影 石川啓次/文藝春秋
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