現在公開中の映画『メガロポリス』の字幕翻訳も手掛けた戸田奈津子さんは「英語の字幕では、7割日本語が重要」という。日本語×字幕翻訳の難しさと面白さ、これまでの人生について語った。(全3回の最終回/最初から読む、もっと読む)
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一般人としてテレビ局にインタビューされて……
――3月に東京ドームで行われたロサンゼルス・ドジャース対シカゴ・カブスのメジャー開幕シリーズを観戦に行かれた際、一般人としてテレビ局のインタビューに登場され、話題となりました。
戸田奈津子さん(以下、戸田) あの騒ぎは私にはさっぱりわかりません。ただ観客として話しただけのことがなぜあんな大騒ぎになったのか……。あれだけの人を動かすSNSに脅威を感じました。普段SNSなんて見ませんから、本当に恐ろしいと思いました。
――戸田さんは過去に映画ファンや原作ファンの方からSNSなどで「意訳」「誤訳」と批判されることが何度もありました。
戸田 そういうのは一切見ないので知りません。
でも言わせていただくと、「正確に」訳すことが字幕翻訳においては「正しい」ことではない、ということをご存じないのだと感じます。
字幕は当然ですが、直訳ではありません。たとえば有名な『カサブランカ』(1942年)という映画で、「君の瞳に乾杯」というセリフがあります。これは原文だと「Here’s looking at you.」と言っている。だから直訳すると「ここで君を見ている」になります。でも「君の瞳に乾杯」が名訳として知られ、かつ、その場面にぴったりと合っている。これが字幕では大事なのです。
言うなれば、「ここで君を見ている」はセリフではなく翻訳です。でも、「君の瞳に乾杯」はお芝居で、ドラマがあります。そういうことを理解せずに、「英語と意味が違う」「間違っている」と言われても、芝居心がわかっていないなあと思ってしまいます。
翻訳者の仕事は70%が日本語の問題
――字幕翻訳においては、英語を意味のままではなく、いかに場面に合った日本語に変換するかが求められるのですね。
戸田 私の経験から言うと70%は日本語の問題です。
たとえばテレビドラマで、辞書を引くような言葉が出てきたらおかしいですよね。英語だって同じことです。もちろん特殊なケースはあります。医療系の作品で登場する薬品名や治療法、裁判もので登場する法律用語、などは別問題ですが、普通の会話は誰でもわかるように作られているものなので、英語自体もそれほど難しくないんです。少なくとも、辞書を引けばわかる。ただ、それを日本語でどう簡潔にわかりやすくするかは、違う次元の話です。そこが我々字幕翻訳者のやるべき領域ですから、日本語ができない人には絶対にできません。
時々、帰国子女でネイティブなので字幕をやりたいです、という方がいらっしゃいますが、それは誤解です。
