いかにも俳優が発した言葉のように“見せる”のが字幕

――字幕には文字数の制限もありますよね。

戸田 はい。人間は話すより読む方に時間がかかりますから、字幕翻訳の場合は、話すスピードで読ませる必要があります。ですから、字幕をじっくり読んでみると、会話体にはなっていません。

 たとえば、女性の言葉で「なんとかよね」としたら、「よね」の2字が邪魔になる。だからこの場合は「なんとかだ」の方がいいわけです。

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 どういうことかというと、字幕は読んでわかる話し言葉ではなく、一瞬でわかりやすく目に入る日本語にすぎない、ということです。それを俳優の顔と英語の抑揚と重ねることで、いかにもその俳優が発した言葉のように見せる。つまり、いかにも本人が話しているように聞こえるという錯覚を起こさせるための装置で、それが感情に響くのです。もし字幕の原稿をご覧になったら、本当にぶっきらぼうな文章ばかりが並んでいて、驚かれると思います。

©︎文藝春秋

ビジュアルバランスが美しい日本語は「字幕に合った言語」

――字幕の文化は日本だから発達したと以前おっしゃっていました。

戸田 最近は、半分ぐらいが吹き替えになっていますが、10年くらい前までは日本では映画の吹き替えは少なく、字幕王国でした。日本人は識字率が高く、また日本語が言語としてすごく字幕に合っているので、発展したのだと思います。

 英語のスペルは読まないと意味が伝わりませんが、日本語の漢字は、たとえば「作る」と文字を見ただけでイメージが湧きます。しかも日本語にはひらがなやカタカナもあり、ビジュアルバランスが美しい。字幕的に合った言語だといえます。

 さらに、吹き替えは声優を集めてきてスタジオで収録を……とお金がかかりますが、字幕翻訳は翻訳家一人に安い翻訳料を払えばそれでいい。しかも放置しておけば1週間後に原稿があがってくるのですから発注者は管理も楽です(笑)。

――アテレコで各声優さんが演じるそれぞれの役を、字幕翻訳家は一人で何人もこなすのですね。

戸田 はい。だから字幕翻訳を考える時は、いつも頭の中でお芝居をしています。役になりきって、ラブシーンなら男女どちらのパートにもなって、それぞれの気持ちを考えながら訳しています。

 映画の中の俳優は、みんな感情を込めたセリフを喋っているので、字幕にも感情がないと日本語にできません。「I love you.」は必ずしも「私はあなたを愛しています」とは限らない。「君が好きだ」なのか、「あなたが好きよ」なのか、男か女かで言い方も違うし、立場によっても違う。それは芝居をしなければ出てきません。文字づらを訳しただけではダメなのです。それが難しいところでもあり、おもしろいところでもあります。