現在公開中の映画『メガロポリス』の字幕翻訳者も手掛けるなど、88歳の今も第一線で活躍し続ける戸田奈津子さん。字幕翻訳の仕事の魅力や、精力的に仕事を継続する秘訣などをお聞きしました。(全3回の2回目/前回を読む続きを読む

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強い気持ちが病気を遠ざけていたのかもしれない

――以前は週1本、年間50本もの字幕翻訳を手がけておられました。そんなにたくさんの字幕翻訳をどうやってこなしてきたのですか?

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戸田奈津子さん(以下、戸田) 忙しかった時は、字幕翻訳以外のことはしていない、という毎日でした。テレビなども見る時間がないので、日本国内の歌手や俳優などは、ものすごく有名な方以外、ほぼ誰も知りませんでした。たまにカラオケに行っても、全員で合唱できるくらい有名な曲を知らない。私だけ何も歌えないという状態でした。

戸田奈津子さん 撮影 石川啓次/文藝春秋

――怪我や病気などによるブランクもなかったそうですね。

戸田 ありません。「病気なんかしたら迷惑をかけてしまう」という強い気持ちが、病気を遠ざけていたのではないかと思います。病は気からというように、気持ちが弱くなるとどうしても病気にかかりやすくなりますから。

 更年期といわれる年代の頃も、おかげさまでものすごく忙しくて。40歳を過ぎてからようやく字幕翻訳者として認められるようになったので、ちょうど仕事が波に乗っていた時期だったのです。お友達はみな、頭痛がするとか倦怠感があるとか、身体の不調を訴えていましたが、そんな“贅沢”をしている余裕は私にはありませんでした。ですから、更年期なんか何の予兆もなく素通りしていきました。

――更年期の不調が贅沢……。初めて聞く解釈です(笑)。自分の仕事に自信をなくしたり、若くて優秀な才能に嫉妬したりすることはありませんでしたか?

戸田 私はずっと自分のベストを尽くしてきたので、誰に何を言われても「これが自分のベストなので、これ以上はできない」というスタンスで仕事をしてきました。自分にとってベストだと自信を持って言える仕事をしていれば、それ以上のことを要求された時に「できない」と諦めはついても落ち込んだり自信喪失したりすることはありません。