それまで演技経験のなかった板谷のため、大谷監督は撮影前に、リハーサルに2ヵ月も費やした。リハでは登場人物の関係性をバランスが取れるよう十分に調整したおかげで、撮影に入ってからは順調に進んだという。クライマックスとなる《鎌倉の家に登場人物の4人が勢揃いして夫婦の揉め事について語る場面なんて、自分の中に美都子が“降りてきている”という感じでした》と、彼女は映画公開時に語っている(『キネマ旬報』1999年3月下旬号)。
デビュー作で「役が降りてくる」瞬間に遭遇できたことは幸運だったといえる。しかし、続けて出演したドラマ『パーフェクトラブ!』(1999年)では《簡単な業界用語すら知らなくて、もうケチョンケチョンでしたね》といい、それがトラウマになって同作の収録をしていたスタジオの前をしばらく通れなくなるほどだったとか(『週刊現代』2018年9月1日号)。
「『脱ぐ』ことを特別視したくはありません」
だが、そうやって現場で叱られたりしながらも、板谷は新たな作品に出演するたび、そのときどきの自分にしかできない役に巡り会えたとの思いを抱いてきたという。なかでも小池真理子の小説が原作の映画『欲望』(2005年)で演じたヒロイン・類子は特別な役となった。
《最初は役として演じていたのですが、どんどん自分が同一化してしまった。こっちが近づいて行ったというより、類子が降りて来たような。撮影が終わっても類子が抜けなかったし、抜きたくなかった。(中略)それによって自分でも知らなかった自分を教わり、この役によって自分自身を知ることが出来ました。こんな体験は初めてだし、あっ、だから私は女優をやりたいんだな、と実感させられた作品でもあります》(『キネマ旬報』2005年12月上旬号)
劇中では激しい性愛シーンもあり、それは原作の世界観を映像にするうえで必要だと理解したうえで撮影にのぞんだ。しかし、公開にあたっては《「脱ぐ」ことを特別視したくはありません。そこだけを切り取って注目されるのも、違うなぁ、という気がします》と、興味本位な見方をされることに釘を刺している(『婦人公論』2005年11月7日号)。

