「役から教わった」という言葉の意味

『欲望』でもそうだったが、板谷はさまざまな役を演じるたび「役から教わった」と口にしてきた。このときも、《俳優を続けてきましたが、ホームレスを演じることは想像しませんでした。でも、自分の体を通して表現できるならやらなければいけないと思いました。いろんな役を演じていると、その役から教えてもらうことがあります。三知子さんも私に何かを教えてくれる気がするんです》と語っている(『週刊文春』2022年10月6日号)。

映画『夜明けまでバス停で』(2022年公開)

 三知子を演じることで、かつてキャスターとしてシングルマザーや育児放棄などさまざまな女性の問題について取材したことや、また自身が出産後、一時孤独感に苛まれた経験も思い出されたようだ。

 板谷自身がそうだったように、「自分のことは自分で解決しなきゃいけない」と思い込んでいる人はけっして少なくない。しかし、彼女は友人から手を差し伸べられて考えが変わったという。その経験も踏まえ、『夜明けまでバス停で』の公開に際しては、《私たちは、理不尽なことに怒っていいし、助けを求めていい。そして、つらいときは遠慮せずに、自分の思いを誰かに打ち明けていいと思うんです》とも訴えている(「女性自身」WEB版2022年9月17日配信)。

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板谷由夏のインスタグラムより

 実人生での経験が役作りに活かされると同時に、役から教わったことが実人生にも反映される……板谷のキャリアをたどるとそんな好循環が見て取れる。

 近年にいたっても俳優以外の仕事にも貪欲で、あるインタビューでは、《やったことがない仕事はやってみようというスタンスです。例えばラジオの長時間生放送やバラエティー番組の司会とか。(中略)女優にこだわらず、年齢を重ねてもやりたいという好奇心を忘れずにいたいと思います》と述べていた(「週刊女性PRIME」2022年10月7日配信)。

60歳までに実現させたい“夢”とは?

 そんな彼女は将来にどんな夢を描いているのか? 親しい先輩俳優である小林聡美との4年前の対談では、10年くらい先には何をやりたいかと訊かれ、《息子たちの手が完全に離れたら、留学したいです。ダンナをおいて一人で晩年留学》、《12~13年後には、2人とも成人するから、57歳か58歳、遅くても60歳までには実現させたいと思っています》と答えていた(『婦人公論』2021年1月26日号)。

俳優の先輩・小林聡美と(板谷由夏のインスタグラムより)

 60歳まであと10年。そこへ来て今月、先述のとおり所属事務所からの独立を決めた。その際、SNSに載せた「ご報告」では、《50歳を目前としたこのタイミングで、新しい環境に身を置くことは正直、不安もあるけれど、ワクワクすることを追いかけたい。中年だって進化したいのです。これからどんな出逢いがあるのか。好奇心を持って進みたいと思います》とつづっている。

 一つのところにけっして安住することなく、常に新たな挑戦を続ける板谷の姿勢はおそらく、母親に「仕事をすると決めたなら早く家を出て行きなさい」と言われて21歳で上京したときから始まり、今後も変わることはなさそうだ。

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