通院も意味をなさず、再犯の危険性も高い性犯罪者。当然有罪が下され、被告グラボウスキーは矯正施設に収容されるはずだった。しかし、彼は法廷で奥の手とでも言うべき取引を行う。自ら睾丸除去手術を施すというのだ。男性は睾丸(精巣)を失うと、性衝動が無くなり無害な存在になると言われる。

 日本では考えられないが、当時の西ドイツでは性犯罪者に有効な手段として認められており、1976年にグラボウスキーは手術を受け、収容を免れる。もっとも、これで彼の犯罪が止まれば問題はなかった。しかし、最悪なことに睾丸を失くしてもグラボウスキーの性衝動が治まることはなかった。

 しかも、手術2年後の1978年には密かに男性ホルモンを注射し性行為ができる状態にまで回復させる。識者によれば、彼は脳の神経回路の機能不全が原因とされる強迫的性行動症を患い、己で性衝動をコントロールできる状態になかったという。

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7歳の少女を殺害した男の末路

 2年後の1980年5月5日、以前から気に入っていたアンナが1人で歩いているのを見かけ「今日も猫と遊ぼう」と自宅に連れ込み、容赦なく強姦。当時婚約していた女性のタイツで首を絞めて殺害した後、夜になってから遺体を箱に詰めて運河に向かい、土手に穴を掘り箱ごと埋める。全てを知った婚約者に付き添われ警察に出頭したグラボウスキーは「アンナが暴行のことを母親に話すと脅して金銭をゆすってきたため」と殺害理由を語った。

 裁判は1981年3月3日からリューベック地方裁判所で始まった。ここでグラボウスキーの弁護人は被告が睾丸摘出手術を受けていることを強調する。つまり「彼には性欲がないので、これは性犯罪ではない。アンナが被告をゆすったので、とっさに首を絞めてしまったに過ぎない。もはや正当防衛である」と述べたのである。そして、検事に謀殺を故殺に軽減するよう要求。弁護人の主張はある意味、理に叶っており、法廷にもグラボウスキーに厳罰を科すべきではないという空気が流れた。しかし、傍聴席でこの主張に怒りを爆発させていた人物がいる。アンナの母、マリアンネだ。

 同月6日、第2回目の公判が開かれた。審理が始まるや、マリアンネは傍聴席を立ち被告席に近づく。事態が飲み込めぬ周囲の人々。その瞬間、彼女は22口径のベレッタを右手に持ち、グラボウスキーの背中に向け銃弾を撃ち込む。放たれた弾は全部で7発。そのうち6発が命中し、グラボウスキーは即死。

写真はイメージ ©getty

 彼が息絶えたことを確認したマリアンネは「あなたのためよ、アンナ」とつぶやき、静かに銃を下ろし、抵抗することなくその場で逮捕される。

次の記事に続く 9歳のときに継父からレイプ、16歳で妊娠しただけじゃない…7歳の娘をレイプ殺害された『悲劇の母親』のその後(海外・昭和56年)

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