「無意味な抗生物質」を患者は有り難がり、金を払う
ちなみに、診療報酬が病院で働く人たちの「人件費」というと、途端に「それは節約すべきだ」とお考えになる方もあろうが、間違っている。日本人は昔から医者を「くすし」と称したくらいで、やたらと「薬」を有難がり、「処方してくれない医者」を悪く言うが、医療費無駄遣いのかなりの部分はここから出ている。
普通感冒(コモン・コールド)つまり「風邪」に抗生物質は有害無益だが、欲しがる患者はまだ多い。それに対して、「これは不要である、有害である、これこれこういう風に療養すべきである」と説明するのも「診療行為」のうちだが、長時間かけてそんなことしても、それに対する「診療報酬」は低く、収入にならない。そのくらいだったら、めんどくさいので言われるままに出してしまった方が数もこなせるし、薬価差益も出るし、製薬企業も盆暮れの付け届けを喜んで出す。何より、患者が喜んで、評判が良くなる。
こういう、患者のためにならない行為によって医療機関が収入を得て、そういう収入に依存するのはおかしい。なので、風邪薬や湿布薬の類は医療機関で処方するのでなく、「患者」に自費で買ってもらうべきだ、という議論は以前からある。「国民医療費」はあくまで「保険」で賄う費用であり、薬局にて自分で買うような市販薬は含まれていないので、それを「医療費」から外し、その分をもっと重要な診療に向けようというのである。
長年、医師会はこういうのにも反対していたが、11月末に東京都医師会の尾﨑治夫会長が、東京新聞のインタビューに答えて、湿布剤や保湿剤は医療保険の対象から外して自分で買ってもらうべきだと発言されている。尾﨑先生は「家計だって無駄を省く」のだから、「命にかかわらないような分野の保険適用を見直してはどうか」とおっしゃっているが、お立場を考えるとこれはなかなかに勇気ある提言と思う。
患者はなぜか、専門家の意見を聞きたがらない
むろん実際には、リウマチの症状が強い人への湿布とか、抗癌剤の副作用で皮膚障害が出る人への保湿剤とか、例外的な適応はつけなければいけないだろう。しかし、この他にも、上記の普通感冒に対する抗生剤や、高齢者に対して認知症やふらつき転倒のリスクを高める睡眠薬など、保険適用以前に処方の規制をすべきものも多い。そういう薬をいっぱい処方してもらい、周囲に配っている「患者」も多いようだ。猿之助は、処方された睡眠薬を溜め込んで自殺企図に使った。
私が高額の「癌の薬」は適正使用すべきだ、無駄を省くべきだと主張し始めた時、多くの同僚は「風邪薬などの無駄を直す方が先だろう」と渋い顔をしていた。「向こうがより多くの無駄をしているから、俺たちが自分の身を削ることはない」という発想は卑しいと思うが、その「向こう」でも「無駄を省くべし」という動きが出てきたのは、二重の意味でありがたい。
だが最大の障壁は、患者側にある。みんなが、「そんなのは薬なんか飲まずに、あったかくして寝てればいいよ」という専門家の意見(=「診療報酬」のもと)より、安直にくれる薬の方を有難がる考えを改めない限り、また「自分たちが無駄をしている」と気づかない限り、保険医療の破綻は避けられないだろう。
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