──実家から離れたいという思いが芽生えてくることは?
のまり 親はあまり良い顔をしませんでしたが、私の希望で関西の大学へ進学しました。ただ就職のタイミングで実家と同じ県内で一人暮らしをしていた時期があり、そのとき両親が連絡もなく突然訪問してくるようになり、そういった行動に息苦しさを感じて家族と距離を取りたいという思いは強まりました。
――現在は東京暮らしですよね。いつ頃地元を離れたのですか?
のまり きっかけは職場の理由だったのですが、12年前に都内に転職しました。その時は私はもう大人でしたが、母の中では「女の子は進学で地元を離れても、いずれは地元に戻って結婚し、親のそばで暮らすもの」というストーリーが出来上がっていたようで、大騒ぎされました。でも私は家族から離れたい一心で転職は譲れませんでした。
──ご自身が「きょうだい児」だったと自覚したのは?
のまり ここ数年で、ヤングケアラーが話題になったり、きょうだい児のドキュメンタリーが放送されたりするのを見ていて、自分も近い境遇に置かれていたことに気づきました。
子どもの頃はつらいことも多かったですが、逆に反面教師になったというか、「自分はしっかり仕事をして家庭を築こう」と自立に気持ちが向く原動力になったので、経験はプラスになったと思いたいです。
「言っても伝わらないと生活の節々で感じるので、伝えて落胆するくらいなら…」
──生まれた家庭との関係は今後どうしていくのでしょう。
のまり 親も年を取っていくので、介護も想定しなければいけない時期に入ってきました。精神科の訪問看護の仕事をする中で本当に様々な家庭があるのを見てきて、自分の育った家族についてもだいぶ俯瞰して見られるようになりました。縁を切ることは考えていませんが、自分の心を守るためにも適度な距離感が必要だと思っています。
──大人になって、母親と話し合いをしたことなどはありますか?
のまり ありません。言っても伝わらないと生活の節々で感じるので、伝えて落胆するくらいなら、自分を大事にすることを優先したいと思っています。
──今のご実家との距離感は?
のまり 地元で一人暮らしをしていた時期は極端に距離を詰めてこられることもあったのですが、私が最近結婚したこともあって、そこそこの距離を保てるようになりました。
親子といえども違う人間です。子どもを私物化する傾向のある親には、子どもの側から境界線を引いて適切に距離を保つことがベストだと思います。

