咲(40代)はオウム真理教の元二世信者だ。小学生の頃、母に連れられて関東の道場に通った。「ほら、私もできるよ」。ヨガをほめてもらうのがうれしかった。習い事感覚で始めたが、その先に悲劇が待ち受けているとは思いもしなかった。
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富士山のふもとは、極限まで冷え込んでいた。大人の信者に交じり、冬の夜道をひたすら歩く。心は悲鳴を上げていた。「帰りたい、帰りたい……」。水ぼうそうを患った体は熱を帯び、足元がふらつく。遠くに見える民家の明かりがうらめしい。「なんで私はこんなことをしているんだろう」。気に留めてくれる人は誰もいなかった。
れんげ座でマントラ、夜通し読経
母が帰依したのは、夫婦関係の不和が原因だ。父の浮気で心のバランスを崩した。「前世のカルマ(業)のせい。あなたが悪いわけではない」。他の信者から説かれて心が楽になった。持病のアレルギーも呼吸法で改善したように感じ、信仰にのめり込んだ。
咲も平日は夜、週末はほぼ一日中、修行に励んだ。足をれんげ座に組み、教祖のマントラ(呪文)が録音されたカセットテープを繰り返し聞いて復唱した。中学に入ると、修行は激しさを増した。静岡県富士宮市の教団施設。10日間の集中修行では暗く寒い夜道を歩かされ、側溝に落ちそうになった。
同じ姿勢で夜通しの読経。居眠りすると指導役が床をたたいて起こした。水ぼうそうの発疹が赤くつぶれても、大人たちは「浄化が起きているね」と言うだけだった。「死の世界」を体験するという修行もあった。今では薬物が使われたとわかるが、教祖から渡された紙コップ入りの液体を飲み、強烈な幻覚にさいなまれた。
宿題をする余裕もなく、成績はみるみる落ちた。授業中は先生に当てられないか不安で、学校に行くだけでじんましんが出た。家と学校とオウム。その日常の中で、咲はハルマゲドン(人類最終戦争)が来て世界は滅ぼされるという終末思想に染まった。高校に上がると、身一つで母と出家した。
1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起きた。咲は情報を遮断された教団施設内で生活していたから、そのことを知らなかった。施設が強制捜査を受けた際、咲の所持品も調べられた。
「正しいことをしているからたたかれる」。大人たちの主張を信じ、警察に聞かれても偽名を名乗った。高校生だったが「20歳です」と言い張った。
同年5月、松本元死刑囚が首謀者として逮捕され、教団は壊滅状態になった。咲は親戚の家に身を寄せ、オウムから脱会した。しかし、その後が「地獄」だった。
