2022年10月、イーロン・マスクがツイッター社を買収。その後、わずか1カ月半で社員数を4分の1に減らすなど、マスクが行った改革は大胆なものばかりだった。彼はなぜ、どうしてツイッターを手に入れたのか?

 ここでは、ノンフィクション作家のベン・メズリックによる『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋。

 マスクに自分を売り込むことに成功した数少ない一人である、製品開発ディレクターのエスター・クロフォードが、勇敢にも新しいトップとサシでやり合おうとした緊迫のシーンを紹介する。(全4回の1回目/続きを読む

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イーロン・マスク ©時事通信社

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会議室にふたつの影

 11月末の月曜日、サンフランシスコは、カラッとした海風がそよそよと吹きつけるいつもどおりの夜だった。ひりつく気配をそこはかとなくまとってはいるが気持ちいい。そんな夜、しかも、時計が真夜中を回って10分ほどという時間に、まさか、シリコンバレーにとって第3次世界大戦とさえ言えそうな戦いを始めるのはやめるべきだ――そう、世界一の金持ちを説得しようと、薄暗い会議室で孤軍奮闘する羽目になるとはエスター・クロフォードも予想していなかった。

 人影はふたつ。ツイッター本社の10階を二分するかのように置かれた長大な机に並んで座っている。エスターの前には開いたノートパソコンがあり、陶器のような肌がスクリーンの光で輝いている。彼女の右肩からのぞき込むようにスクリーンを見ているイーロン・マスクは、角張った顔にもちゃめっ気の宿る目にも、その顔に張り付いた薄ら笑いにも天井の蛍光灯から注ぐ光がほとんどあたらず、陰に潜んでいるかのようだ。

 机の向こうはガラスの壁だ。なごやかに力を合わせて事にあたるツイッターらしい文化を後押ししようとオープンな造りになっていたものだ。だがマスクは、ここをねぐらのひとつとして接収すると全面をすりガラスとし、明るく活気に満ちていた場所を洞穴かなにかのように薄暗い防空壕に変えてしまった。それでも昼間は多少暗くなるだけでそれなりなのだけれども、夜になると、エルゴノミクスなオフィス家具や木製事務用品の暗い影が不気味な雰囲気を醸し出す。

 エスターはお昼からここに詰めっぱなしだ。昼間は多少なりとも人が出たり入ったりしていたが、日が沈み、すりガラスの向こうにある窓の景色が大理石とガラスと鋼鉄でできた活動的な大都市、すなわち、サンフランシスコ市庁舎とそれを囲むように林立するオフィスビルから、漆黒の空を背景にたくさんの光が瞬く夜景へと変わってからは、人の出入りもほとんどなくなってしまった。

 ほとほとお腹も空いたし疲れてしまった。だいたい、この丸2日で2~3時間しか寝られていないのだ。いいかげん家に帰ろうか、夫と3人の子どもの顔くらい見たいしと思った矢先、マスクが登場した。

 10分前のことだ。従えていた屈強なボディガードふたりは、いま、巨大なガーゴイルよろしくドアの向こうで立ち番をしている。