これはさすがにまずいと、エスターは、有料ユーザーをアップルのプラットフォームからウェブに誘導するのが自分たちにとって一番の策だと、別の道を提案した。しかし、即刻、マスクに却下される。ウェブ決済ではセキュリティが確保できない、有料ユーザーをウェブに誘導すればツイッターがボットの攻撃にさらされるというのだ。古い。認識が古すぎる。エスターは、いまのウェブ決済は安全なのだと説明しようとした。自分自身、ツイッターの決済をストライプでできるようにする仕事をしてきた経験もあったからだ。それでも、「決済のことはオレが一番よく知っている」とマスクはにべもない。
続けて、ウェブ決済のサブスクリプションはいますぐすべて廃止しろとの指示が出た。
つまりツイッターの支払いはアプリ経由のみになる、言い換えればアップル経由のみに近くなるわけだ。これは根拠のない恐れにもとづく悪手だ。そう、エスターは思った。同時に、自分もやり損なったのだと気づいた。危険を避けるよう、そっと仕向ければよかったのに、対決姿勢で臨んでしまった。そんなことをすれば、マスクは逆に突っ込んでいくとわかっていたのに。
イーロン・マスクの正しい取り扱い方法
マスクについては正しい取り扱い方法というものがあるし、さらに言えば、絶対にしてはならないまちがった取り扱い方法というものもある。そのあたりは経験からも学んでいたし、それこそ、このビリオネアに初めて会った日にお付きのひとり、つい先日、実務面の連絡参謀となったザ・ボーリング・カンパニーの若きCOO、ジェーン・バラジャディアから教えられてもいた。人のいないところに連れていかれ、こう言われたのだ。
「心に留めておくべきことがいくつかあります。イーロンはとにかく変わっています。その彼を支え、彼を守り、物事が彼にとっていい方向に進むようにするのが、これからおそばに仕えるあなたの仕事です。世の中から彼への働きかけもあなた経由になります。ですから、これからは、細心の注意を払っていただく必要があります」
それから何週間か、マスクへの接し方をいろいろと試してみたところ、どうやら、遊び心と自尊心をくすぐるのがいいらしいとわかった。一番いいのは、いわゆるミームを夜中にメールすること(朝に送るのは最悪)。きわどければきわどいほどいい。逆に彼が恐れるのは、世間的な評判に傷がつくこと。天才だ、史上まれに見るほど偉大なアントレプレナーだと持ち上げられてきたのに、ツイッター買収後は、はっきりと否定的な見方が増えてしまった。そのあたりをすごく気にしているのだ。
マスクは、ここ数日、アップルとの抗争をイデオロギーの問題だとする見方を強めつつあった。だからエスターは、膨れていくその怒りを少しでも鎮められればと、アップルやその料金体系をちゃかすミームを無理にでもひねりだしてはマスクに送ってみた。だがその程度ではどうにもならないらしい。それは、ここ24時間にマスクがツイッターに書いたものを見れば明らかだ。
アップルは政治的に「偏向している」と1億人以上もいるフォロワーに向けて書いたり、「アップルはツイッターに広告をほとんど出さなくなった。米国における言論の自由が嫌いなのだろうか」と書いたりしているのだ。「アプリストアでツイッターの提供をやめる」とアップルに脅されたとも書いている。最悪は今朝7時のツイートだ。ハイウェイを走りつづける直進の矢印には「30%支払う」と添えられていて、出口に向かう矢印には「戦端を開く」と添えられている出口案内標識が大きく写っている画像を投稿したのだ。このツイートはその後削除されたものの、マスクがなにを考えているのかはばれてしまった。