2022年10月、イーロン・マスクがツイッター社を買収。その後、わずか1カ月半で社員数を4分の1に減らすなど、マスクが行った改革は大胆なものばかりだった。彼はなぜ、どうしてツイッターを手に入れたかったのか?
ここでは、ノンフィクション作家のベン・メズリックによる『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋。
トラスト&セーフティ部門の責任者として、ツイッターのコンテンツモデレーションや安全性管理の要を担っていたヨエル・ロス。彼はマスクによる「ツイッターブルー」改革の失敗などを受け辞職したが、その後に始まった元上司からの“攻撃”は、命の危機すら感じさせるものだった――。(全4回の3回目/続きを読む)
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だしぬけに始まった個人攻撃
恐怖ほど純粋で原初的な感情はないと言える。
心臓が飛び出してくるのではないかと思うほど鼓動が激しい。ヨエル・ロスは、ぱんぱんのスーツケースを引きずっていた。場所はバークレーのすぐ北、エルセリートの郊外にある2ベッドルームの自宅だ。持ち物は着替え少々に洗面用具、何冊かの本と必要最低限にしようと思ったのだが、どのくらいの期間、家を離れることになるかわからないのが気になってしまい、なにを決めるのもおっくうで、震える肩が重くてしかたない。
いまいる寝室はカーテンを引いて明かりは消してあるし、10歳年上のパートナー、ニコラスもキッチンにいて、冷蔵庫から食べ物を袋に詰めてくれている。上や下の棚をあさってスプーンや台所道具などもそろえてくれているはずだ。ニコラスも暗いなかで作業をしているが、その動きは安定していて、気持ちもずっと落ちついているようである。
不安でいっぱいのいまも、こういうことになるなんて皮肉なことだという思いは消えない。大人になってからは、ずっと、インターネット上のヘイトスピーチと闘う生活をしてきた。そして、いま、その報いを受けている。最初は、遠くに小さな雲がいくつか見える感じで無視できる程度だったし、内容も抽象的で、ある意味、現実味のないものだった。
なんだかんだ、10年以上も仕事としてヘイトスピーチにかかわってきているし、論文も書けば、最悪のヘイトスピーチをみつけ、抑え込み、やわらげるチームを作ったりもしてきたのだ。
しかし、しばらく前に会社を辞め、誰にせよ後に残る人にチームの仕事を引き継いだあたりからは暴風雨状態で、ヘイトスピーチが絡みあうように成長し、すべてを飲み込む力となってしまった。内容も、抽象的なものから現実的なものへと変化した。実際に暴力をふるうぞという脅しになったのだ。だから、いま、暗い真夜中に荷造りを進めている。