会場の大騒ぎを圧倒する声が聞こえ、マスクは我に返った。マイクを通ったデイヴ・シャペルの声だ。
「ご来場のみなさま、世界一のお金持ちをご紹介いたします!」
うながされてステージに上がる。黒いツイッターTシャツに黒いジーンズ、黒いブーツで両手を高々と掲げ、満面の笑みを浮かべる。目を輝かせて登場したマスクに、笑顔のシャペルが近づいてくる。会場からは歓声と拍手があがり、加えて――
ブーイングが起こった。
ブーイングはどんどん大きくなる。最初は歓声にまぎれる程度だった。それがだんだんと激しく、大きくなり、会場を飲み込むほどになる。バルコニー席からも降ってくるし、1階席からもわいてくる。壁ではね返り、天井でもはね返り、四方八方から降ってくる。
あたり一面、滝のようにブーイングが降ってくる。
マスクの表情が変わる。両手を空に突き上げたまま、顔に驚きが広がっていく。さすがのシャペルも困った表情だ。シャペルがマスクを見る。マスクもシャペルを見る。
「今日はどうも」とマスクがなんとか口を開くと、「紛糾してるねぇ」とシャペルが思いだしたように応じる。
マスクは含み笑いをしているが、降りそそぐブーイングにぴりぴりしているのもまちがいない。
「こうなると思っていたわけじゃないんだよね?」
このネタにシャペルが飛びついた。
「クビになった人も聞きに来られてるんですかね~」
マスクが声をあげて笑う。シャペルが言うとおりかもしれない。なにせ、ここはサンフランシスコだ。米国で一番進歩的な町であり、ツイッターの本拠地でもある。とはいえ、集まっているのはシャペルのファンだ。ごりごりのリベラルばかりであるはずがない。
「いやいやいや、きっつい愛だねぇ」とシャペルが話を続ける。
「ブーイングしてるみなさん、そう、みなさんのことなんだけど、言うまでもないことを指摘させてもらってもいいかな。みなさん、ひっどい席に座られてますよね」
シャペルがもういくつかジョークを飛ばすあいだ、マスクは所在なげにステージ上をうろつく。ブーイングはやまない。むしろ大きくなる一方だ。
「デイヴ、オレはどうすればいいんだ?」
耐えかねたのか、マスクが尋ねる。
「なにも言うな。口は災いのもとだよ。イーロン、聞こえるだろう? これは、もうすぐ社会がゆらぐ音だよ。このあときみがどの店をたたき壊すのか、楽しみに待つよ。とにかく黙ってな」
マスクはまたくすくすと笑うが、肩は落ちているし、両手ともだらりと下げているしで、どうにも居心地が悪そうだ。そんなふたりを援護しようというのか、クリス・ロックも登場。そして、シャペルの一番有名なキャッチフレーズをぶち上げた。
「ビッチなみんな、オレはリッチだぞ~」
もちろん、マスクにも同じ言葉を言わせる形で。
ところが、そんな渾身の一撃もブーイングに飲み込まれてしまう。
