「アンパンマン」の作者やなせたかし氏が妻と結婚したいきさつが、朝ドラ「あんぱん」(NHK)でもモチーフとして描かれる。作家の青山誠さんは「やなせ氏は高知新聞社に入り、同僚の小松暢さんと東京へ出張。そこで彼女に介抱され恋仲になった」という――。
※本稿は青山誠『やなせたかし 子どもたちを魅了する永遠のヒーローの生みの親』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
やなせが新聞社で出会った小松暢は気が強く、押しも強かった
この他に小松暢(のぶ)の高知新聞社時代のエピソードは数知れず、なかでも有名なのが、広告費の集金にまつわる武勇伝だろうか。
広告費の集金も編集部の仕事で、暢が主にそれを担当するようになる。これが大変な仕事だった。地方雑誌の広告主には地元の個人商店が多く、自転車操業の零細企業は毎月のやり繰りに苦労している。広告費を払うのが惜しくなって、出し渋る店主も珍しくない。
暢は女ながらに編集部ではいちばん気が強く、押しも強い。適任と評価されての抜擢だったのだろう。その性格を知らないある商店主が、広告費を払わずしらばっくれ、あげくに女だからと舐なめた態度に出てきた。それが彼女の逆鱗に触れてしまい、
「ふざけんじゃないわよ。払うの、払わないの! はっきりしなさい!」
大声でタンカを切り、持っていたハンドバッグを店主めがけて投げつけた。バッグは顔面にみごと命中。小馬鹿にして薄笑いを浮かべていた店主は、すっかり青ざめ怯えてしまう。平身低頭しながらすぐに金を出してきた。
小柄で細身な暢は、黙っていると気弱そうにも見える。そのギャップがよけいに人を驚かせた。この一件は昼間の商店街だったこともあり目撃者が多く、高知の街で話題になったのだとか。
いつしか社内では“ハチキン”のあだ名で呼ばれるようになっていた。土佐弁で「お転婆」「男勝り」を意味する言葉だ。また、ハチキンには世話焼きで面倒見のよい姉御肌といった印象もあり、褒め言葉でもあるようだった。
