安倍晋三元首相暗殺事件をはじめ、警察庁長官としてさまざまな歴史的事件に対峙してきた露木康浩氏。「文藝春秋」7月号に掲載された「警察庁長官、トクリュウと闘う」より、「ルフィ事件」について言及された部分を一部抜粋します。(取材・構成 尾島正洋)

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「ルフィ事件」捜査の内幕

 私の長官在任中、いままでにない横断的な組織運営が求められた最大の事件が、2022年から23年にかけて日本各地で発生した広域強盗事件です。犯行指示役の呼び名から、世間では「ルフィ事件」とも呼ばれています。この事件では、フィリピンの入国管理局・ビクタン収容所に収監されていた男たちが、日本の実行犯たちに指示を出して強盗を行っていました。

ルフィ一味がいたフィリピンのビクタン収容所

 実行犯は闇バイトに応募してきた若者が中心で、通信手段に秘匿性の高いメッセージアプリのテレグラムを使用していたため、犯行グループの足取りを辿るのが容易ではありませんでした。

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 しかし23年1月、東京都狛江市の住宅で、遂に90歳の女性が殺害されてしまう事件が発生しました。犯罪とは無縁だった若者が、見知らぬ人物から通信アプリで指示を受け、強盗殺人といった凶悪犯罪に手を染める。一般の住宅に押し入る手口であり、いつ自分が被害に遭うか分からない。そうした野蛮な犯行形態が、多くの国民を「ここは日本なのか」という不安に陥れた事件だったと思います。

 事件は原則、発生地の都道府県警が中心となって捜査を行います。しかし、この時は類似事件が全国で起こっていたので、縦割りで捜査をしていたのでは対応できない。実行犯を捕まえることも大切ですが、大元の指示役を捕えなければ解決しません。そんな中、「フィリピンから指示が来ているようだ」と警視庁が情報を掴んできました。

フィリピンから移送されてきたルフィ一味・今村磨人 ©文藝春秋

 そうなると、外国政府との交渉が必要ですから、警察庁が陣頭指揮を執らなければならない。そう考えて、合同捜査本部を立ち上げ、記者会見で「首魁を解明、検挙することが重要だ」と宣言したのです。

 在フィリピン大使館には警察庁から優秀な人材が一等書記官として赴任しており、フィリピンのレムリア司法相とも交渉することができました。被疑者は大胆にもビクタン収容所から通信アプリを使って犯罪の指示を行うなど、当局のずさんな管理体制も明らかになる案件でしたが、フィリピン政府は恥を顧みず全面協力してくれたのです。